Landreaall 13 (IDコミックス ZERO-SUMコミックス)
- 作者: おがきちか
- 出版社/メーカー: 一迅社
- 発売日: 2008/11/25
- メディア: コミック
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出た! 買った! 読んだ!
現代日本屈指のファンタジィ漫画『Landreaall』待望切望熱望の第13巻である。
いやあ、この巻はおもしろかった。もちろん、どの巻も皆充実しているんだけれど、この第13巻はいままででもベスト。あまりにもあまりにもおもしろかったので、ひさしぶりに詳しく感想を書こうと思う。
忘れられがちな事実だと思いますが、「Something Orange」は書評サイトです。
未読の方のためにあらためて説明しておくと、この作品の主人公はアトルニア王国王家の血をひく少年、DX・ルッカフォート。
しかし、この巻にはDXはほとんど登場しない(表紙にも出ていない)。今回焦点があたるのは、かれの妹イオンをふくむ多彩な「脇役」たち、その懸命なる死闘である。
「アカデミー騎士団」編と名づけられたこのエピソードは、正体不明の怪物たちが王都に来襲するところから始まる。
頼りの騎士団はほかの任務のため留守、アカデミーに集まった学生たちは、自分で自分の身を守ることを余儀なくされる。しかし、このなぞのモンスター「スピンドル」たちの攻撃力は強力で、対応を誤れば死者も出かねない。いったいどう行動するべきか?
ペトロニウスさんがこの状況を簡潔にまとめているので、引用しよう。
1)モンスターを退治して脱出できる戦力はこのアカデミーにはない(=生徒は子供ばかり)
2)仮に無理に外に出ようとすれば、かなりの確率で死人が出るか、もしくは身体を危険にさらされる可能背が高い
3)現在、モンスターに刺されて死にそうなのは初等部の3名と女子1名
4)1)と2)を勘案すれば、80名ほどいる学生と3)の4名の命の重さを比較すると、80名の多人数を守るほうが優先される
5)結果として、この女子寮の中を守りきって、主力の騎士団か戻ってくるのを待つのが正しい論理的思考
つまり、あくまでもロジカルに考えるならば、いまのところ安全が確保されている女子寮から動くべきではないのだ。
たしかにすでに怪物たちに襲われ、意識が混濁しているものが数名いるが、逆にいえばわずか数名に過ぎない。その片手の指ほどの子供たちを守るために、ほかの数十名を危険にさらすことは非合理的といえる。
しかし、そのとき、騎士を父にもち、将来を嘱望されている騎士候補生カイルが決然と言葉を紡ぐ。「論外だ」と。
「論外だ 僕らが騎士候補生として訓練を受けているのは何のためだ 志を折る気か? 最上策でなくても最悪の自体をさける努力をするべきだ つまり弱いものの命から諦めなくてはいけないような事態は最悪だ 僕らに決断(デシジョン)は必要ない あるのは当然(デフィニション)だけだ!」
そして、アトルニア王家の姫君であるイオンもその意見に同調する。
「そうよ!! 騎士道ってそういうことでしょ? お父さんが言ってた! 騎士団は誰がどれだけ強いかじゃなくて みんなで戦ってどれだけ大きな力になれるかだ―――って! 力を合わせればあの子たちを助けられるわ!!」
ペトロニウスさんも書いているが、これらの発言の背景にあるものはいわゆる「ノーブレス・オブリージュ(高貴なる義務)」の精神である。
騎士たるものは、一朝事あれば、自分より弱いものを守るためにたたかう神聖な義務を背負っているのだ、という考え方。
結局、このカイルの意見が通り、女子寮からの脱出計画が立てられることになる。しかし、騎士候補生が含まれているとはいえ、この場には本物の騎士はいない。武器らしい武器もない。ひとりひとりが個別にたたかえば、個別に撃破されるだけである。
選ぶべき道はただひとつ。この場で組織を形づくること。トリッドリッド家の王位継承権者であるティ・ティがリーダーに選ばれ、カイルが実戦部隊の隊長となり、急速に組織が練り上げられていく。
模造剣にかけて彼らは誓う。「名誉にかけて! 最後のひと羽が落ちるまで!」と。
ここまでが第12巻。続く第13巻では、急造された「アカデミー騎士団」の死闘が綴られている。本来、あらゆる面でリーダーにふさわしいはずのDXはほかの用件で他国へ出向いているため不在、そのため、主人公不在の物語が延々と続く。
しかも、全編が戦闘描写に貫かれており、華やかな場面はほとんどない。このことについて、作者はウェブログにこう書いている。
今回メインになってる「アカデミー騎士団」編は描いててとっても楽しかったです。画面に人間が多いのは物理的に作業が増えて時間に追われて毎月大変だったのですが、何年も描きたかったエピソードだったんで気力でなんとか!と思って。でも、ちょっとそれでチャクラ込めすぎちゃって(画面が大変でたくさん枚数も描けないのもあって)半年以上、この主人公不在のエピソードを描いちゃったもんだから、雑誌のメインターゲットの読者さんのニーズからズレちゃったみたいです…って、自分では必要なことを抽出して、順番に、バランスとりながら、せっせと騎士道な青春を描いてたつもりだったんで、調子ぶっこいてて、編集さんに指摘されてアレッ?って我に帰って衝撃を受けました。あああ。そんなわけで、13巻は最後の方まっきまきで、オーケストラの曲の途中でタライが落ちてきて終了したみたいになってます。やや。
たしかに、こうして一巻にまとまったかたちで読み上げてみると、これはもう少女漫画、というか、「女の子向けの萌え漫画」じゃないよな、と思えてくる。あまりにもシビアで渋すぎる。深く読み込むためにはそれなりの努力が必要とされることもたしかだろう。
しかし、逆にいえば、その努力を惜しまないものにとってはこの上なくおもしろい。
この巻に限っていうなら、むしろ男性読者のほうが胸躍るものを感じるかもしれない、という気がする。この一巻を通して描かれているものは、「組織という生き物」の裏表だからである。
ティ・ティによって急造された「騎士団」は、あまりにも未熟で未完成だが、それでもひとつの組織である。学生たちの仲良しグループとは根本的に性質を異にしている。「弱者を守る」というひとつの目的のために生み出された頭と手足をもつ「生き物」なのだ。
「頭」となるのはティ・ティ、「手足」を努めるのはカイルやほかの学生たち。いいかえるなら、かれが戦略担当であり、カイルが実戦の戦術担当ということも出来る。
ティ・ティは女子寮の窓際にひとり座り込み、チェスの駒を操るように指示を出しつづける。一見すると、かれは前線で命を危険にさらしつづけるカイルたちより楽をしているようにも見える。
だが、そうではない。かれの双肩には、かれの頭脳を信頼して「頭」に据えたものたちの篤い信頼が責任となってのしかかっているのだ。その姿を見ながら、だれも思う。「ここにDXがいたら」と。かれこそ、本来、最も指導者にふさわしいはずなのである。
しかし、現実にDXはここにいない。ティ・ティは、限られた能力で非情な状況のなかで最善を尽くすことを求められる。その決断はときに非情なものとなる。仲間を見捨ててでも、「弱者を守り抜く」という目的を達成すること。
それは一見すると利己的にすら見えるが、そうではない。組織の目的がそこにある以上、必然的なことなのである。
ここで描かれているものは、ある組織におけるリーダーとフォロワーの関係性だ。フォロワーはそれぞれの状況で最善を尽くす。リーダーはそれらの行動を受けて、マクロを見通した決断を下さなければならないのだ。
このとき、リーダーの存在が組織の目的そのものであるかのように見えるのは錯覚である。かれもまた、組織という機械を動かすためのひとつの歯車なのであり、その意味で、リーダーとフォロワーとは対等なのだ。
組織とは、リーダーのためにあるものでもなく、フォロワーのためにあるものでもなく、ある目的を達成するために存在するものなのだから。
ただ、あたりまえのことだが、切り捨てられるフォロワーからは、このような組織のあり方に不満が出る。
「……あいつら貴族だし ホントのトコ 何考えているかわかんね」
「まったくだ… 候補生は狂ってる! 見捨てかけといてゴメンの一言もなしだぞ…」
しかし、こんな会話を交わす少年たちをイオンは叱り飛ばす。少年騎士たちの崇拝を受ける彼女には、ティ・ティの苦悩が見えているのである。
ティ・ティはこの国でも有数の大貴族の息子であるが、だからこそ、前線でたたかうフォロワーたち以上に悩み苦しまなければならないのである。
この第13巻のもうひとつの軸は、イオンの成長物語だ。いつもはDXと供にいる彼女は、この危急のときにあって、かれの代役を務めようとする。しかし、やがて、個人としていくら武勇をふるっても、全体の局面を左右するには至らないことを知る。
「お兄がいたらってみんなが言ってた だから戦えるし怖気付いたりしないし 私ならお兄の代わりになれるって思ったの でもそういう意味じゃなかった」
「私は犬とおんなじ! さっきみたいなやり方じゃダメなんだ 一人で戦っても… みんなを守る力にはならない」
そしてまた、自分の言葉が少年たちを死地に追いやろうとしていることも悟る。
「ありがとう 君のおかげだ ルッカフォート将軍の名前が僕らに勇気をくれる 命を惜しまず戦える 本当の騎士みたいに」
戦場で命を惜しまないものは死んでいく。イオンは知らず知らずのうちに重い責任を背負っていたのだ。彼女はDXがそういったことを知悉しているからこそ、高い地位から逃げまわっていたのだと気づく。そして、事態の解決に向けて動き出す。
ここで付言しておくと、この『Landreaall』という作品のひとつの特徴は、階級社会を非常に丁寧に描いているところにある。
物語の舞台となるアトルニア王国は、現代日本に住むぼくたちの目で見ると、ある意味で差別的な社会である。商人の子は商人、騎士の子は騎士、と出生によって将来が決められるという一面がある。
物語のなかでその制度を無視するのはDXとイオンの二人だけ。しかし、少年たちは、やがて身分制度を超えた友情関係を築き上げていく。
そしてそれは、「新しい国のかたち」へとそのままつながっている。第68話におけるハル少年と婚約者ジアの会話が象徴的だ。
自分たち貧民が住む外周地帯を騎士団が守るはずがないと平然という友人の姿に涙を流すハルに対し、ジアはいうのである。
「ハルが議会に入る頃にはみんな騎士団にいる そうでしょ? 今日ここで戦った仲間が大勢騎士になってる 議会にもいるわ そうしたらフィルに堂々と言い返せるわよ 「外周だって騎士団が守るに決まってる」「君の家は安全だ」って! 信じるわ 私たちの騎士団はそうなるって ね! 約束して ハル」
ここにあるものは、「個人」と「組織(アカデミー騎士団)」と「国家(アトルニア王国)」がリニアに繋がった想像力である。それは「個人」と「世界」を直線で結んでしまうセカイ系とはあきらかに異質なものだ。
素晴らしい。全く、素晴らしい。このあと物語がどこへ向かっていくのか、気になって仕方ない。早くも第14巻が待ち遠しいぜ。