世界を物語として読むこと。

新装版 菜の花の沖 (3) (文春文庫)

新装版 菜の花の沖 (3) (文春文庫)

 司馬遼太郎の商業歴史小説、第3巻。

 幾度かの冒険的な航海を経て巨富をたくわえるに至った嘉兵衛は、いよいよ「高田屋」を名乗るまでになる。

 いま、かれが夢見るのは、のちに北海道と呼ばれることになる蝦夷地との商売。嘉兵衛はその足で蝦夷の大地を踏み、生涯をかけたビジネスの計画を練る。

 うん、おもしろい。第1巻辺りではまだ見えてこなかった商業小説としてのおもしろさが、ここに来て前面に出てきている。

 また、一介の貧農に過ぎなかった嘉兵衛が大商人へとのし上がっていくプロセスには素朴な興奮があり、頁をめくる手を止めさせない。

 しかし、それ以上におもしろいのは、『風雲児たち』と関連した部分である。この本を読んでいるとつくづく思う。ああ、先に『風雲児たち』を読んでおいて良かった、と。

風雲児たち (1) (SPコミックス)

風雲児たち (1) (SPコミックス)

 同じ日本史をあつかっているのだからあたりまえのことだが、この作品と『風雲児たち』は所々でリンクしており、それが読むものの興趣を誘うのである。

 たとえば、「蛮社の獄」などという言葉が出てきても、『風雲児たち』を先に読んでいるから、「ああ、あの「蛮社の獄」のことか」とうなずくことが出来る。この功徳は大きい。たぶん、順番が逆ではこうは行かなかったことだろう。

 『風雲児たち』は江戸幕府開設から幕末までの歴史のラフな全体図であり、そういう意味で非常に人物と出来事の関連性を把握しやすいのだ。

 いや、あの作品こそまさに名作である。歴史に興味があって読んでいないひとは、悪いことはいわないから読んでおきましょう。学生なら直接的な利益があるだろうが、そうでなくても時代小説や歴史小説のたぐいが何割か楽しくなります。

 たとえば、この第3巻では『風雲児たち』でも活躍した探険家、最上徳内が登場するのだが、『風雲児たち』を読んでいるおかげで、何となく再会したような気分になれる。

 かれと嘉兵衛が出逢っていたというのはたぶん司馬のフィクションだと思うが、とにかく知っている人物が出てくるというのは何となくうれしいものである。

 ちなみに、ぼくはいま、並行して『東インド会社とアジアの海』という本を読んでいる(そろそろ読み終わる)。

東インド会社とアジアの海 (興亡の世界史)

東インド会社とアジアの海 (興亡の世界史)

 これは17世紀から18世紀にかけての「アジアの海」の動向を綴ったもので、つまり、『風雲児たち』の時代、西方では何が起こっていたかがわかる本である。

 この本を読むと、なぜ日本にオランダが通商しに来ていたのかということがわかる。

 このようにして、虚実いり混じる複数の本を通してひとつの世界を知っていくという行為は実に楽しい。世界をひとつの物語として認識する、えもいわれぬ喜び。

 もちろん、物語は物語であるから、かならずしも史実を忠実に表しているとはかぎらない。その点、注意が必要なことはたしかだが、物語として把握することは、ただ淡々と事実を憶える何倍かのつよさで脳裏に物事を刻みつける。

 いつの日か、世界史そのものを、ひとつの物語として理解できる日が来れば良いと思う。