オタクになりたい君へ。

「オタクになりたいんです」

 そんな風に言われたら、あなたはどう答えますか?

 私の持論としては、オタクなどと言うものは、なろうとしてなるものではなく、いつの間にかなってしまうもの。ってなとこですが、どうも最近の「オタク」イメージだとなんだか共通する知識を持っていないと、オタクにはなれないんだとか。

「その、好きなものがみつからないんです!」

 とか言われるとさすがに途方に暮れてしまいます。好みは性格や生活環境に左右されるものなので、他人からは知るすべもありません。

 「オタクになりたい」と語るひとに対して、何を薦めたら良いのか迷う、という記事。

 あれもまずい、これも良くないといろいろ考えられているのだが、失礼ながら、『今日の早川さん』で、SFオタクの早川さんがライトノベルしか読まない富士見さんにSF小説を薦める話を思い出して、ちょっとニヤニヤしてしまった。

 SFに一家言ある早川さんは、いざ富士見さんがSFを読もうとすると、彼女が手に取る作品を片っ端から否定してしまうのである(以下引用ですが、実物をここで読むことができます)。

「『ハイペリオン』か。シリーズもので長いし、他の色んなSFを読みこなしてからのほうが楽しめる部分もあるから、今はやめた方がいいかもね」

「『ニューロマンサー』か。それは訳文が特殊すぎるからオススメしかねるな。初心者でサイバーパンクってのはリスクが大きいからね」

「あぁだめだめ。イーガンはやめときなさい。ぜーったい途中で投げ出すから。大体『ディアスポラ』なんて語感だけで選ぶのが愚考というか…」

「なにっ、ジーン・ウルフだと! 復刊される前のSF者の苦労をあんた知ってるのか? 大体こんなご馳走をいきなり最初につまみ食いしようなんて…」

 初めは一々真面目に聞いていた富士見さんも、最後にはうんざりしてしまうという落ち。

 軽い笑い話のようだが、その実、わが身をふりかえって「あるある」とうなずくひとも多いかもしれない。

 そもそも、SF者ならわかることだが、早川さんのいうことももっともなのである。ライトノベルしか読んだことがないひとがいきなり『ディアスポラ』などに手を出そうものなら、八割がた途中で投げ出してしまうだろう。

ディアスポラ (ハヤカワ文庫 SF)

ディアスポラ (ハヤカワ文庫 SF)

 アニメやSFにかぎらず、あるジャンルにおける究極の傑作というものは、往々にして個性のかたまりのような代物なので、案外ひとには薦めがたかったりするんだよね。だれもが楽しめてしかも圧倒的に出来が良いという作品は、やはり稀だ。

 それなら、ぼくなら何を薦めるか? 極論するなら、何でも良いと思う。ある一作だけに過剰に期待することが問題なのであって、薦められたものを片端から見て/読んでいけば、そのうち「あたり」に出逢うのではないだろうか。

 もし、何作続けて見て/読んでみても「はずれ」ばかりなのだとしたら、そのジャンルには合わなかったということ、ほかのジャンルに興味を移したほうが良いだろう。

 それに、少しもおもしろくなかったり、わけがわからなかったりしても、それはそれで良いと思うのである。

 その時点で「おもしろくなかった」「わけがわからなかった」という感想を手に入れることが出来たのだから、次からはその情報でコミュニケーションを取ることができる。

 「あれ、話題になっていたから見てみたんだけれど、全然おもしろくなかったよ」と自信をもっていえるようになったなら、そのときはもう、立派なオタクになっているのではないだろうか。

 それでもあえて一作オススメを、といわれたら、そうだな、ぼくなら『トップをねらえ!』&『トップをねらえ2!』を薦めるかな。

トップをねらえ! Vol.1 [DVD]

トップをねらえ! Vol.1 [DVD]

トップをねらえ2! (1) [DVD]

トップをねらえ2! (1) [DVD]

 「1」と「2」を合わせても全12話しかないので気楽に見れるし、オタクアニメがどう変わったか、その変化を体感することもできる。そして何より両作品とも問答無用の名作だ。

 そして、もし、この作品がおもしろかったら、そこから『ヱヴァ』なり『フリクリ』なりへ進んでいけばいい。

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 特装版 [DVD]

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 特装版 [DVD]

フリクリ 第一話「フリクリ」 [DVD]

フリクリ 第一話「フリクリ」 [DVD]

 ただ、以前から述べているように、ぼくは「オタク」というアイデンティティにこだわることはあまり意味がないと考えるほうだから、無理して「オタク」になる必要なんてないと思うけれどね(そういいながら、もう「オタク」を巡る記事を何本書いたかわからないが)。

 オタクになりたいというひとにはいいたい。あるひとが、オタクであるかどうかなんてどうでもいいことだ。大切なのは、そのひとが幸福に作品を享受できているかどうかということ。

 オタクになって作品を斜めにしか見ることができなくなるくらいなら、ハッピーなパンピーであったほうがよほど良い。

 「オタク」とは、ただの概念、言葉に過ぎないのである。言葉はひとの下僕であって、主人ではない。