勝利は幸運、敗北こそ真実。

 久々に小説を読み、久々に感動した。傑作である。

 ただし、ごく限られたひとにとっての傑作だろう。ライトノベルの読者のほとんどはこのような陰惨な物語を必要としないに違いない。しかし、それでもなお、ぼくにとっては感動的な作品だった。

 物語の舞台は「北関東隔離戦区」。いずことも知れない場所から無限に湧き出してくる怪物「憑魔」によって亡びた、かつての首都東京を中心とする戦場。

 憑魔に憑り付かれたことから、兵士としてこの戦場に送り込まれた少年少女たちが主人公である。かれらに人権はない。かれらの肉体に融合した憑魔は同じ憑魔を惹きつけるため、かれらにのこされた運命は、死ぬまで北関東でたたかいつづけることのみ。

 着任後5年間の死亡率は6割に達し、生きのこったとしても希望はない。しかもたたかいは憑魔の側が優勢であり、刻一刻と戦線崩壊のときは近づいているのだった。

 作者はいう。「この物語は滅びゆく世界のお話です。主人公たちの戦いは世界を救ったりしませんし、戦闘をテーマにしながらも、スカッとした勝利や、感情移入しやすい正義などは扱いません」と。

 まさにその通りの内容であり、わかりやすい勝利や感動のカタルシスはここにはない。どこまでもエンターテインメントでありながら、その内容は漆黒。全編が絶望的なたたかいに彩られている。

 しかし、作者はまたいう。「ですが、たとえ世界がどのような形で存在するにせよ、「世界が絶望的な状況にある事」と「世界に絶望する事」との間には巨大な隔たりがあると思うのです」と。

 その通り、これはかぎりなく絶望的なシチュエーションに投げ込まれながら、それでもあきらめず、立ち上がり、なおも前を向いて歩いていく戦士たちの物語である。

 といっても、決して勇壮な内容ではない。むしろその逆である。この物語のなかには、ただの一人も勇壮な人物は出てこない。勇敢な人物はいる。しかし、その勇気は、畢竟、やせ我慢に過ぎない。

 不条理で理不尽な運命に押しつぶされそうになりながら、それでも必死に己を支えているだけなのだ。世界は亡びつつある。状況は絶望的だ。こんな状況で、だれがいったい正気でいられることだろう?

 憑魔に憑りつかれるまではごく平凡な市民だったものたちが、一瞬の判断ミスが死を意味する地獄の戦場に叩きこまれるのだ。たとえ、嘆きの末に死を選んだとしても、だれも責められないにちがいない。

 しかし、戦士たちはそれでもなお立ち上がり、進む。その右手には銃。その顔をいろどるのは血。荒れ果てた大地を踏みしめるのは軍靴。

 ディバイデッド・フロント――地獄の最前線で、今日も戦士たちはたたかいつづける。どうしようもない絶望の果てに、小さく、本当に小さく見える希望を捜し求めながら。

 それにしても、この作品を読んであらためて確認させられたのは、ぼくが求めているものは、究極的には弱者と敗者の物語だということである。

 ただ華麗なだけの勝利者にはとくに興味はない。ただ鉄の意志をもった勇者にも関心はない。ときに血を流し、ときに苦しみ、悩み、あがきつづける人間が、それでもなお、少しでも前へ進もうとするその姿勢にこそ心打たれる。

 なぜなら、敗北こそ真実であり、勝利とは、結局、幸運の問題に過ぎないからだ。目の前にある状況が自分の実力をはるかに超えるものであった場合、どんな猛者でも敗北する。

 それは完全に論理的な回答であり、例外はない。だから、人間の勇気と真実とは、敗北のなかにこそあると思うのだ。

 『ディバイデッド・フロント』は敗北の物語である。個人レベルでは勝利はある。しかし、人類そのものが少しずつ、少しずつ敗北へと向かおうとしており、それは個人の努力ではどうしようもないことだ。

 その意味で『ディバイデッド・フロント』は絶望の物語である。ぼくたちの生活がそうであるように、主人公たちの日常は終わりのないたたかいそのものである。

 この作品の特色はどんな回答も決して「正しい」ものとして提示したりしないこと。作者は決して「たたかえ!」と命じはしない。その場に立ちすくみ、座り込んでしまう臆病者をあざ笑いもしない。ただ、それぞれの立場でたたかいつづける人びとの姿を描きつづけるのみ。

 『ディバイデッド・フロント』は成長物語である。しかし、決して成長強要物語ではない。その点が、ぼくにはうれしかった。

 ひとは決して「正しさ」のために絶望へ向け立ち上がったりしないと思うからだ。ひとは正しさのためでなく、己の信じる何かのためにこそ立ち上がる。

 『ディバイデッド・フロント』、この絶望的なほど過酷な物語は、ぼくたちに希望の意味を教えてくれる。ここには、濃縮され純化されたリアルがある。

 泥沼のような絶望のなかで足掻く戦士たちに贈るバトル・ソング――戦場と同じくらい過酷な日常で今日もたたかうあなたのために書かれた物語である。

 涙。