キャラ萌えの旬は短い。

Cipher (第1巻) (白泉社文庫)

Cipher (第1巻) (白泉社文庫)

 再読。成田美名子往年の名作である。

 序盤は、時々いれかわりながら登校している美形の双子、シヴァとサイファを巡る軽いラブコメディなのだが、中盤の衝撃的な展開を経て、後半はとことんシリアスに盛りあがっていく。

 展開の鍵を握るのはアイデンティティの問題である。あまりにも似通った外見のためだれにも区別することが出来ないシヴァとサイファは、それゆえにアイデンティティの不安を抱えている。かれらにとっては「自分が自分であること」は必ずしも自明ではないのだ。

 物語は、この不器用な双子が、致命的なすれ違いを経て、それぞれの人間関係を築き上げ、最終的に和解するところまでを丹念に追っている。

 その詩情といい、悲劇性、思索の深さといい、少女漫画史上にのこる作品といえるだろう。じっさい、いまでもこの作品のファンは多い。成田美名子といえば、まずこの作品の名前が挙がると思う。

 そういうわけで文句なしの傑作なのであるが、何度読み返しても後半におけるヒロインの影の薄さは悲しいものがある。

 彼女、アニスは、序盤では、何をしでかすかわからないボーイッシュな少女として双子をふり回すものの、後半になるともうただの普通の女の子になってしまう。

 もちろん、普通の女の子で悪いわけではないのだけれど、とにかく目立たない。存在感がない。物語の軸がラブコメディから心理劇にシフトした時点で、彼女の存在意義はなくなっているのかもしれない。

 ここらへん、『彼氏彼女の事情』の後半、宮沢雪野の存在感が薄らいでいたこととよく似ていると思う。作者の興味が最終的に恋愛よりもっと深いところに移ってしまったために、恋愛漫画のヒロインが不要になってしまうパターンである。

 しかし、ネットを見るかぎり、とことん暗い内的葛藤が続く後半より、序盤のラブコメが好きだというファンもいるようだ。その意見もよくわかる。

 この作品、中盤を境にして、ほとんど別の作品になっている。それは作家成田美名子の成長を示すものではあるが、その変貌に付いていけなかった読者もいるに違いない。

 前半における「キャラ萌え」的な興味が、後半においてはほとんど感じられなくなっているのである。はっきりいってもう萌えどころじゃなくなっているんだよね。

 現在、成田美名子はなおも精力的に新作を生み出しつづけているが、すでに少女漫画の第一線の作家という印象ではない。確証はないが、その作品の主な対象は「少女」ではないと思う。「少女」が読むには、いまの彼女の作品はあまりにも骨太すぎるのである。

 しかし、この作品や、前作『エイリアン通り』の頃は、彼女の作風はまさに「少女」漫画そのもので、多くの「少女」が熱狂的に読んでいたはずだ。いま、たとえば、『ハチミツとクローバー』がそのようにして読まれているように。

 しかし、この作品を境にして、成田の作品はその域を脱していく。この作品がいまなお読むに耐えるのはそのためであるが。しかしそれは成田の作品が最前線から降りることをも意味しただろう。

 いま、最先端で読まれている漫画も、いつの日か必ず古くなるだろう。さて、そのときなお読まれる作品がどれほどあるか。「キャラ萌え」の旬は短い。その時代の最も「かっこいい」「かわいい」キャラクタは、次の時代には必ず古さを感じさせる。

 だから、流行が終わり、「キャラ萌え」が通用しなくなったとき、その作品は真価を問われることになる。そうやってのこった作品こそが、歴史的な名作といわれるのだ。ぼくはやっぱりそういう作品が好きだな。