センチメンタルなSF短編集。

レフト・アローン (ハヤカワ文庫JA)

レフト・アローン (ハヤカワ文庫JA)

 その日、宇宙は暑かった。激しい太陽風が吹き荒れ、X線や紫外線が雨あられと降り注いでいる。磁気嵐で惑星の大気は膨張し、波打っていた。どくん、どくんと脈打つかのように――。
 そんな荒れ模様の天気にもさして動じることなく、君はマーサのごつごつした背中にちょこんと座って、もやもやとした白っぽい壁を見上げていた。もちろん実際は壁ではなく地球という球体で、かつては青く輝いていたことを知っている。もう何百年も前の話だ。

 ハイレベルなSF短編集。

 収録作は五作。長篇『クリスタルサイレンス』の前日譚にあたる「レフト・アローン」、後日譚の「星に願いを ピノキオ二○七六」、猫SFの秀作「猫の天使」、さわやかな宇宙SF「コスモノーティス」、そして長篇『ハイドゥナン』の姉妹篇「星窪」である。

 前日譚や後日譚や姉妹篇とはいっても、『クリスタルサイレンス』や『ハイドゥナン』を読んでいなければ理解できないようなものはないから安心してほしい。

 収録作五篇すべてがなかなかの出来であるが、そのうち最も印象にのこったのは「猫の天使」だろうか。それほど猫に興味がないぼくでもにやりとする出来だから、猫好きにはこたえられない作品といえるだろう。

 物語は、動物の資格を研究する科学者が、ある日、猫の脳に装置を繋ぎ、かれの視覚をモニターに映すところから始まる。かれの立場として本来許されない動物実験。しかし、だれにもばれないはずのちょっとしたいたずらだった。

 ところが、天罰はあたるもの。その猫が入りこんだ教会がカルト教団のテロリストたちに占領される。内部の情報を入手できるのはかれだけ。科学者は迷った末、失職覚悟で警察に名乗り出るのだが――。

 初め、事件の経緯を追うかに見えた物語が意外な展開を見せはじめる中盤以降が見所。この作品の中核にあるアイディアは「もしかしたら」と思わせるものがある。

 一方、表題作「レフト・アローン」は、地球化(テラフォーミング)が進み、火星に合わせて進化した植物が跋扈するにいたった「黒い火星」が舞台のミリタリーSF。

 主人公は仮想現実のなかで戦闘するサイボーグ戦士。というと古めかしいが、そのイメージは斬新。仮想現実世界で戦うかれの目には、すべての敵がその戦力に応じた姿に見えるのである。

 たとえば、自分より弱い相手はイボイノシシやサル、ネズミに、核武装した敵はティラノサウルスに見える。何重にも折り重なった「現実」のなかで果てしなくたたかい続けるかれのなかで、やがて何かが狂っていく。

 また、「その日、宇宙は暑かった。」という一行から始まる「コスモノーティス」も印象的な作品だ。本書に収録された五作のなかで、もっともさわやかな作品だろう。

 この作品にかぎらず、藤崎慎吾のSFには、どこかクラシックなところがある。古くさいというのではない。むしろ「正統派」というべきだろう。あるいは「古き良き時代を思わせる」という形容が似合っているかもしれない。

 かれの作品は、現代的なアイディアと科学的知見を活用したラディカルなハードSFであるには違いないのだが、どこかにセンチメンタルな「人肌のあたたかさ」を感じさせるのである。あるいは、かれこそは伝統的な日本SF正統の嫡子なのかもしれない。

 日本SFの夏の時代は遠いとはいえ、まだまだ収穫はある。そう思わせるに足る作品集だ。「未来」とか「科学」という言葉にわくわくするあなたにお奨め。