『アイマス』の奇妙なリアリティ。


 『アイドルマスター』のキャラクタで、PCゲーム『蒼い海のトリスティア』の物語を再現した動画。

 内容の説明は面倒なので、まきがいさんの解説を読んでください。

 読みましたか? それならおわかりでしょうが、この動画、各話ごとに個別のオープニング動画が付いています。

 それがまたやたらに出来が良くておどろかされるんだけれど、それ以上におもしろいのは、そのメタ構造ですね。

 というのも、この動画の本編はさきに述べたように『トリスティア』の世界を再現しているんだけれど、OPだけは『アイマス』そのままなんですよね。

 つまり、OPと本編は別世界ということになる。非常にトリッキーな構造だと思うんだけれど、そこにだれも違和感を抱いていないらしいところが、『アイマス』初心者のぼくとしてはおもしろい。そういうものとして理解されているんだろうな、と。

 この動画、本編でも『アイマス』のキャラがそのままのかたちで出てくるので、素直に理解するなら、「『アイマス』のキャラが『トリスティア』の物語世界で自分の役を演じている」と理解するしかないですよね。

 しかし、『アイマス』のキャラだって、当然、実在の人物ではないわけで、「演じている」ということじたい、虚構であるわけです。

 でも、ここで「演じる」という虚構が加わることによって、妙にキャラが実在の人物めいて感じられているところがある。つまり、キャラが別のだれかを「演じる」ことができる主体として立ち上がってくるんですね。その感覚が非常に新鮮。

 何というか、普通のキャラとは「何かしらの物語を背負っている」ことによって実在性を持つんだけれど、『アイマス』のキャラは「どんな物語でも演じることができる」ことによって実在性を持つんだな。

 あるMADが終わったら、楽屋に帰って今日の客に文句をいっていそうな……そういう、メタレベルで保証されたリアリティを感じる。

 ぼくはそっちの世界にはくわしくないんだけれど、この感覚は、じっさいのアイドルものの映画とか演劇の楽しみ方に近いのではないかと思う。

 ある人物を、その役と、役を演じている役者が重なり合った存在として見ること。いわば、ある虚像を二重の虚像として見ること。

 いままで、「アイドルのファンって何が楽しいんだろうなあ」と思っていたんだけれど、この動画を見ていたらちょっとわかった(気がした)。なるほどねえ、おもしろい。