クジラ殺しは残酷か?


 アニマル・ライツについてまだぐだぐだ考えつづけている。

 「動物の権利」という思想そのものに反対するわけではないが、ある行為が「残酷」だからやめさせるべきだ、という考え方は、やはり説得力を欠く一面がある気がする。

 たとえば、ホエールウォッチングの最中、クジラがシャチに捕食されているところを見かけたとしよう。そのとき、「残酷だからやめさせろ」というひとはいないだろう。いるとしたら、自然の摂理を全く理解していないひとである。

 ところが、シャチと同じことを人間がやっていると残酷だと問題になる。しかし、見方を変えれば、クジラ漁だって、「ヒト」という動物による捕食だとはいえないだろうか。

 たしかに残酷かもしれないが、それはシャチのもつ残酷さと同等なものだと思う。ヒトが罪深いとしたら、シャチもライオンも罪深いのである。

 それに、もし、肉食そのものを残酷な行為だと看做すなら、動物には「残酷な動物」と「残酷でない動物」がいることになる。

 そして、アニマル・ライツとは、いまの人間は「残酷な動物」であるから、「残酷でない動物」になろうという考え方だといえることになる。

 その分け方は妥当だろうか? 動物を差別することにつながるのではないだろうか? もっと調べてみよう。