『300』!

300<スリーハンドレッド>特別版(2枚組) [DVD]

300<スリーハンドレッド>特別版(2枚組) [DVD]

 旅人よ、ラケダイモンびとに伝えてよ、ここに彼らが掟のままに、果てしわれらの眠りてあると。

ヘロドトス『歴史』

 大ヒットしたから、たぶんご存知だろう、クセルクセス王ひきいるペルシア軍とギリシア軍が対決したペルシア戦争の際、わずか三百人でペルシアの大軍に立ち向かい、ことごとく討ち死にした(と伝えられる)スパルタ軍を描いた映画である。

 史実のとおり、三百人のスパルタ兵たちは百万*1のペルシア軍に立ち向かい、次々とたおれ、死んでいく。だれひとりとして逃げるものも、降伏するものもいない。男のロマンの世界である。

 いや、おもしろかった。めちゃくちゃおもしろかったけれど、しかし、ひどい映画だったな(笑)。

ようは小国の集まりである古代ギリシアで、その中でもペルシャ帝国に比べたら小粒のスパルタが、自由と独立のために大国と命をかけて戦い、そして勝ち抜くという物語なんですね。ようは民族主義の称揚と民主主義バンザイの政治的メッセージ映画にも取れるわけです。イランと米国が険悪な時期に、イラク戦争を遂行中で小さなイラクをたたきつぶす超大国アメリカのくせに、臆面もなくよくこんなウソくさい政治プロパガンダが描けるな、アメリカ資本は、って思う人は多かったと思います(笑)。

 ペトロニウスさんも書いている通り、一見するとハリウッドによる民主主義万歳映画にしか見えない。一応、じっさいの歴史をもとにしているんだけれど、あまりにも勧善懲悪で笑っちゃうくらい。

 最初から最後まで「ギリシア=善、自由、文明、法治主義、民主主義、ヨーロッパ」、「ペルシア=悪、不自由、野蛮、奴隷制度、専制主義、アジア」という図式が反復される。

 ペルシア軍のイメージはまさにサイードがいうオリエンタリズムそのもの。

オリエンタリズム 上 (平凡社ライブラリー)

オリエンタリズム 上 (平凡社ライブラリー)

オリエンタリズム下 (平凡社ライブラリー)

オリエンタリズム下 (平凡社ライブラリー)

 圧倒的迫力のアクションとSFXの効果もあって、2時間見ていると思わず洗脳されて「自由の敵に死を!」とこぶしを掲げたくなる(笑)。

 いや、これは冗談で終わる話ではないかもしれない。日本人であるぼくは冷めた目で見てしまうわけだけれど、アメリカの観客のなかには真剣に感動するひとも少なくないだろう。全くひどい話。

 原作はアメコミらしいけれど、その背景になっているものはヘロドトスの『歴史』である。

 この本のなかで、ヘロドトスギリシアとペルシアのたたかいをヨーロッパとアジアの覇権戦争として描き、それがヨーロッパの勝利に終わったことを祝した……らしい。

 ぼくは拾い読みしただけだから断言はできないけれど、とにかくこの本はのちのヨーロッパに莫大な影響を与えたようだ。

 ちょっと調べてみたんだけれど、たとえばヘーゲルは『歴史哲学講義』のなかでこう書いている。

歴史哲学講義 (上) (ワイド版岩波文庫 (225))

歴史哲学講義 (上) (ワイド版岩波文庫 (225))

 こうしてギリシアは絶えず脅かされてきた侵略の重圧から解放された。無論、いまいう戦闘の外にも幾多の戦闘はあった。けれども、これらの戦闘は民族の歴史の追憶の中にのみではなく、一般に学問と芸術、宗教と道徳の歴史の追憶の中に不滅に生きている。というのは、それは世界史的な勝利だからである。それは文化と精神力とを救い、アジア的原理を根こそぎに掃蕩してしまったからである。

 ヘーゲルにとって、ペルシア戦争の「勝利」は、たんなる一局地戦の勝利にとどまらないものであったようだ。

 ヘーゲルにとっての世界史とはあくまでヨーロッパを中心とする、というかほとんどヨーロッパに限られるものであり、アジアには「歴史」は存在しないと考えていたと思しい。

 じっさい、この『歴史哲学』、アジア人から見ると腹が立つくらいヨーロッパ賛美に徹している*2

 ヘーゲルにとって、インドや中国などをふくむアジアは半永久的に停滞した独裁君主の帝国に過ぎなかった。このヘーゲル史観は福沢諭吉などに影響を与え、日本の侵略戦争にねじれたかたちで影響を与えることになる、らしい。

文明論之概略 (岩波文庫)

文明論之概略 (岩波文庫)

 しかし、それはおそらくヨーロッパ人に都合の良い「神話」に過ぎないだろう。

 事実は、

シルクロードと唐帝国 (興亡の世界史)

シルクロードと唐帝国 (興亡の世界史)

 実際には当時のペルシアとギリシアでは領土の広さ、人工、経済力のどれをとっても圧倒的にペルシアの方が優勢であった。ペルシア戦争においてギリシアはペルシアに勝ったわけではなく、たまたま負けなかっただけである。マラソン競技の由来譚にだまされてはいけない。ペルシアの本当のライバルは黒海周辺の草原にいた遊牧民のスキタイであって、ギリシアなど本気で戦う相手ではなかった。しかしヘロドトスは、世界は昔からヨーロッパとアジアの二つに分かれて対立・抗争してきており、ペルシア戦争ではギリシアがペルシアに勝った、すなわちヨーロッパがアジアに勝ったとしたのである。

森安孝夫『シルクロード唐帝国

 というところのようだ。けっして互角のたたかいではなかったようなのである。

 どうも「らしい」と「ようだ」ばかりの文章で恐縮だけれど、資料が多すぎて読みきれないんだもん。とにかく、ヘーゲルを読んでいるとかれの哲学がいまなお『300』に影響を与えていることがしみじみとわかる。

 文明的なヨーロッパ、野蛮なアジアという図式は、今日なお、ちっとも崩れてはいないらしい。ぼくたち21世紀の日本人は、この種の「世界史」を超越して行かなければならないだろう。

 ぼくももう少し勉強しないとね。

*1:じっさいには数万人くらいだったといわれている。

*2:「ノアの洪水」のことが載っていない中国の歴史書は信頼できないとか書いてある。どこまで本気なんだろ。