色彩の乱舞。『仮名手本忠臣蔵』。

仮名手本忠臣蔵 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻 (1))

仮名手本忠臣蔵 (橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻 (1))

 『仮名手本忠臣蔵』。

 いわずと知れた歌舞伎の最も有名な演目を、豪華、贅沢に絵本仕立てにしつらえた一冊。

 いわずと知れた、と書いたが、ぼくは歌舞伎には(歌舞伎にも)詳しくないので、知っているのは名前だけ。

 読みはじめるまでは、赤穂浪士四十七士がそのまま出てくるものと思っていたくらいなので、その無知、推して知るべし。

 じっさいには、物語の舞台は鎌倉時代。すべての事件はその時代の人物に仮託されている。たぶん、江戸幕府に逆らった赤穂浪士をそのまま扱うことはまずかったんでしょうね、

 大石倉之助も大星由良之助になっている。しかし、もちろん、『忠臣蔵』は『忠臣蔵』、由良之助を初めとする四十七士の面々が、無念にたおれた主君の仇を討つまでの筋立ては、ぼくも知っているものである。

 橋本治は長大な物語をかれらしく品よくまとめているが、如何せん、ダイジェストはダイジェストで、おのずと限界がある。特筆すべきは岡田嘉夫のイラストレーション。

 これがまあ、何というかもう、素晴らしい。自然の色彩を無視し、原色を多用したあざやかな色使いがつよく印象にのこる。あざやかとはこれをいうのか、と思うほど、その色合いは花やかだ。

 とくに、いたるところに翔ぶ黒い翅の蝶は鮮烈な印象をのこす。ひとびとの怒りや悲しみの上をかるがると飛翔する夜色の翅の蝶。

 不吉で不気味な、しかし何とも美しいこの反自然の生物は、最後の最後で群れ集まって乱舞する。その妖しい魅力は、この表紙を見ただけでもわかると思う。

 もちろん、印象深いのは黒ばかりではない。白、青、赤、黄色に桜色、めくるめく色彩の乱舞は、読者を、妖しくも狂おしい非日常、激情渦巻く歌舞伎の世界へといざなっていく。

 素晴らしいものを読ませていただきました。しかしこれからのぼくの人生、生の歌舞伎を見る機会があるかどうかは定かではない。