その華奢な肩に。

遠まわりする雛

遠まわりする雛

 良かった。うん、良かった。

 処女作『氷菓』から、『愚者のエンドロール』、『クドリャフカの順番』と続く〈古典部シリーズ〉の第4作。今回は長編ではなく短編集。

 「やるべきことなら手短に」、「大罪を犯す」、「正体見たり」、「心あたりのある者は」、「あきましておめでとう」、「手作りチョコレート事件」、「遠まわりする雛」と続く七篇で、神山高校古典部の1年間を追いかけていく。

 この作品の場合、七篇の物語を通して初めて見えてくるものが重要なので、ひとつひとつの作品の良否を語ることは意味がない。あえて白眉を選ぶなら、「あきましておめでとう」になるだろうか。

 冷え冷えとした冬の神社で、運悪く納屋に閉じこめられてしまった折木たちが、何とか助けを呼ぼうとする、ただそれだけの話だが、いくら知恵を絞っても気づいてもらえない展開が楽しい。解決もスマート。

 ほかの作品は本格推理として見るともうひと味もの足りないが、青春小説としてのほろ苦くもやわらかな情感がその欠点を補っている。千反田かわいいよ千反田。

 この短編集は突き詰めると千反田えるという一人の少女を描き出すために存在するといっても良い気がする。もう、台詞のひとつひとつがかわいくて仕方ない。

 『氷菓』や『愚者』の頃はそれほどとも思わなかったのに、どうしてだろう。恋かしら?

 「あきましておめでとう」で折木を神社に誘いだすくだりなど、実に初々しくほほえましい。

「それと……」
「まだ何かあるのか」
「何か、というほどのことではありませんが」
 今度は、はにかみのような気配。千反田は、少し声を小さくした。
「……わたしも、ちょっと、着物を見せびらかしたいんです」

「あけましておめでとうございます」
「あ、おめでとうございます」
「本年も相変わらずよろしくお願いします」
「あ、こちらこそご贔屓に願います」
 なんだろうか。心理的な虚を衝かれ、間の抜けた受け答えしかできない。千反田は俺が戸惑っているのを見越したのか、両腕を体の横に持ち上げた。袖を見せるような格好で。
「見せびらかしに来ました」

 結婚してください。

 しかし、そこはぼくらの穂信たん、ただの学園ラブコメで終わらせるはずもない。書き下ろしの表題作「遠まわりの雛」で、千反田は複雑な内面を垣間見せる。

 神山市を代表する名家のひとり娘である彼女は、その華奢な肩に重荷を背負っている。一度はそとへ出て学問を修めるとしても、いつかはこの土地に戻り、ここで生きていかなければならないのだ。

 地元を見捨てることも出来るだろう。すこしずつ年老い、鄙びていくだけの田舎町で、一生を終えたいと思う少女がいるだろうか? しかし、千反田はその道を選ばない。

「見てください、折木さん。ここがわたしの場所です。どうです、水と土しかありません。人々もだんだん、老い疲れてきています。山々は整然と植林されていますが、商品価値としてはどうでしょう? わたしはここを、最高に美しいとは思いません。可能性に満ちているとも、思っていません。でも……」

 亡びゆく国の王女。

 物語はこの子をどこへ連れて行こうとしているのだろう、最後まで見てみたい、そう思った。

氷菓 (角川文庫)

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愚者のエンドロール (角川文庫)

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クドリャフカの順番―「十文字」事件

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