落合はハードボイルド。


 ブクマレス。

衆愚礼賛か? そもそも、あの場面で投手を代えたということ自体にドラマを見出せないあたりで想像力が欠如している(現に落合監督の判断を支持してる側から過去からの流れが提示されてるぞ)。

 いつだって大衆は阿保だし、想像力がないし、何もわかっていないんです。

 でも、そういう大衆を相手にしていかないとビジネスは成りたたない。頑固オヤジの店じゃあるまいし、「わかる奴だけわかればいい」ではちょっとね。

 そうかといって、ただ「衆愚」に媚びていけばいいというものでもない。どうにかして人気と内実を両立させる必要がある。むずかしいけどね。

 今回の日本シリーズ平均視聴率は12・7%と低迷したそうです。このままいけば野球はいままでのような人気を維持することは出来ないでしょう。「想像力がない」層を無視する余裕はないはず。

 ただ、個人的には落合の態度は立派だと思う。落合がすべての批判と逆風を受け止めているからこそ山井に非難が行かないわけで、これこそひとの上に立つもの姿勢じゃないでしょうか。どっかの親方とは大違いだよね。

 そとからは何だかんだいわれるとしても、チーム内部での人望は上がったんじゃないかな。「自分が批判されるとしても選手を守ってくれる監督だ」ってわかったわけですからね。

 もし、落合が「行け」といったら山井はそのまま投げていたかもしれない。そして完全試合を達成したかもしれないし、取り返しのつかない負傷を負ったかもしれない。

 そのすべての事情をわかった上で、落合は交代を支持したんでしょう。そしていいわけがましいことをいうわけでもなく、選手のかわりに泥をかぶっている。

 ここにはたしかにドラマがある。誤解されてもいいわけもせず、ただ自分の信じる道を往く。落合の生き方は、ハードボイルドそのものですね。

未だに「SFは冬の時代」という認識だとしたら、さすがに少々古い。初音ミクをPOPカルチャーだというのは、「SP-1200こそHIPHOPカルチャーだ」というようなもの。落合と亀田は完全に蛇足。海燕氏、どうした?

 冬の時代とはいわないけれど、絶好調ともいえないでしょ。

 たしかに才能ある新人作家も出てきているし、翻訳方面でも収穫はある。そういう意味では一時期よりよくなってきていると思う。小春日和の時代ってところですか。

 でも、やっぱり市場は小さいままなんじゃない? 『Self-Reference ENGINE』がいくらおもしろいとはいっても、読んでいるのは一部のSFファンだけだと思う。

 逆に『ハルヒ』あたりはヒットしているけれど、SFだと思って読んでいるひとは多くないはず。SF界隈の評価と大衆的人気を両立させた作品はやっぱり少ない。

 最近の作品でいえば『マルドゥック・スクランブル』あたりはその条件を満たしているかもしれない。でも、それでも3作で16万部弱程度。400万部を突破した『日本沈没』と比べるまでもなく、この程度をヒットというのは悲しすぎる。

 もし森岡浩之が定期的に作品を発表していたらいまごろ人気作家になっていたかもしれないけれど、3年に1作しか新作が出ないのではどうしようもないよね。

 能や歌舞伎のような古典芸能なら質が高ければそれで良いといえるかもしれないけど、大衆文化にとっては人気も大切だと思う。そんなに珍奇なことをいっているつもりもないけれど。