試合前。
大毅 「早くリングに上がりたいわ。歴史が変わるよ。その瞬間を見に来てほしいわ。運ついてるって思うわ。内藤がポンサクレックに勝ってくれてオレに運が回ってきた」
大毅 「負けたら切腹するよ」
内藤 「本当にやんの? なにで切腹すんの」
大毅 「お前がもってこいや。お前負けたら切腹するんか」
内藤 「おれはしないよ」
試合後。
ブーイングが吹き荒れる。果たしてこれがボクシングなのか。12回。なすすべのない亀田大は、王者の両足を抱えてレスリングのような投げ技をうった。この回だけで、3点の減点。
相手の宮田博行会長は「ボクシングを汚された」と憤り、協栄ジムの金平桂一郎会長も、「これはボクシングですか」という記者団の問いに「12回はそうとられても仕方ない」と力なく話した。
注目を浴びた一戦だった。だが、ミスマッチの感は否めない。
過去の対戦相手のほとんどが、実績の確かでない外国人。日本人との初対決で、実力を示すはずだった。ところが、頭を下げて強引に突進するも、手数が出ない。クリンチの際には内藤の大腿付近をたたくなど、見えない部分でのラフな行為もあった。
拳を交えた内藤は「パンチはなかった。左フックも警戒したんだけど…、あんまり上手じゃなかったね」と酷評。リングサイドで見守った前世界王者の名城信男も、「どんな負け方よりも最低な負け方」とあきれ返った。
一部メディアにあおられ、年上の王者を「ゴキブリ」呼ばわりするなど放言ばかりが目だった。そして、世界タイトル戦という舞台での愚行。
「負けたら切腹」と意気込んだはずが、声をからしたファンには見向きもしない。試合後は、追いすがる報道陣へ向けるかのように、口に含んだ飲み物をはき捨て、無言で会場を去った。
いや、ひどい試合だったね。
この一戦で、そうでなくても敵が多かった大毅の名声は、地に墜ちたといってもいいだろう。
10戦10勝7KO、不敗のキャリア、しかしその内容を疑問視されてきた18歳の虚勢は、33歳、いぶし銀のチャンピオンを前に脆くも崩れ去った。
とくにほぼ敗北が決定した最終ラウンド、ありとあらゆる反則を犯して勝利にすがりつくその姿は、いままで応援してきたファンをも失望させたに違いない。
公正を期すために書いておくと、王者内藤も反則行為で1ポイント減点されている。最終ラウンドでは強引なチャージも見られた。ダーティな試合というしかない。
ぼくは『はじめの一歩』の間柴対沢村戦を思い出したよ。
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今回、日本ボクシング史上最年長での世界王座防衛を果たした内藤は、21歳でボクシングを始めた苦労人だ。
貧しい母子家庭に生まれ、中学生の頃はいじめのストレスで胃潰瘍をわずらった。
「強くなりたい」という思いからボクシングを始め、世界戦にまでのぼり詰めるも、1ラウンド34秒でKO負け。ねむれない日々を過ごすことになる。
チャンピオンとなってからも月収はわずか12万円、ファイトマネーが1000万円を超えたのはこの試合が初めてだ。
「国民の期待に応える」と宣言し、その言葉どおりに勝利した男の胸に、どんな思いが去来しているのだろう。苦闘を制した興奮か、それとも、ラフファイトを行ってしまった反省か。
いずれにせよ、決戦を終え、2歳の長男を抱え上げる王者の横顔は満足そうだった。成すべきことを成し遂げた男の顔だ。
一方、逃げるようにしてリングを去っていった敗者の後姿には何ともいえない惨めさがただよっていた。
チャンピオンを「ゴキブリ」とののしり、「負けたら切腹」とうそぶいていた少年ボクサーは、いま、血と敗北の味をかみ締めながら何を思っているのだろうか。
たしかにラフファイトは見られたが、わずか18歳にして世界王者と12ラウンドたたかい抜いたその実力を過小評価するべきではないだろう。
18歳の頃、内藤はまだボクシングを始めてすらいなかった。もしこの敗戦から何かを学べるならば、屈辱の経験は少年を本物の拳闘家へ成長させるかもしれない。
ちなみに試合1週間前に更新された「亀田大毅ブログ」最終記事はこんな内容である。
今日は世界戦前の予備検診があった。
まぁそれは普通に終わったけど、
それより明日の報知新聞見といてや!
俺とお兄ちゃんのパチンコ勝負がのってるから!
俺はスロット派やってんけど、
最近スロットからパチンコに転向してん!
まぁまたパチンコ、スロットについては更新するわ!
「また会おうぜ!!」――「予備検診」
次の更新が楽しみだこと。
TBSの生中継は、さらに信じがたいセコンドの言葉を拾っていた。挽回の余地もなくなった11Rの開始前、赤コーナーに座る大毅の耳元に史郎氏が口を近づけ、「勝てへんで、分かってるな。※□〇×」とささやく。その直後に元世界王者の兄、興毅(20)が「ヒジでエエから目に入れろ」と声をかけた。その音声が全国に届いたのだ。
■亀田興毅のコメント(原文ママ)
11ラウンドの開始前の俺の発言が誤解されてるみたいやけど、あれは亀田家のボクシング用語で誤解されてるようなもんやない。あれはヒジを上げてしっかりガードして、目の位置を狙えいう意味。亀田スタイルの基本や。それに今のグローブはサミング出来へんように親指のところが縫いつけられてるから、サミングなんて出来るわけあらへん。俺が大毅に反則をさせるような事は絶対にあらへん。
へえ(冷めた声色)。
何というか、あまりにもわかりやすい悪役っぷりで、スポーツというよりドラマを見たかのよう。
しかし、いくら亀田サイドが無礼だったにしても、「切腹しろ」と迫るのはどうなのかな。
挑戦者のたび重なるラフファイトにいきどおりながらも、認めるべきところは認めたチャンピオンの心意気を見習いたい。