百合漫画の歴史と『かわいいあなた』。


 朝日新聞のサイトに、乙ひより『かわいいあなた』の書評が掲載されている。

かわいいあなた (IDコミックス 百合姫コミックス)

かわいいあなた (IDコミックス 百合姫コミックス)

 以前、いずれ書評すると書いてそのまま放置するかたちになっていたので(よくある話)、この機会にあらためて紹介しておこう。

 本書『かわいいあなた』は、作家乙ひよりの初短編集である。

 6編の収録作は、いずれも女性同士の恋愛を描いたいわゆる「百合漫画」。非常に自然で水準が高い作品がそろっている。

 だからこそ、このように新聞社の漫画コラムで取り上げられることになったわけだ。

 乙ひより作品の特色は、その何ともいえない落ち着いた雰囲気にある。派手な事件がおきるわけではない。大声でわめく人物も出てこない。ただ、どこまでも静かに、ゆるやかに、物語は進んでいく。

 それゆえに、ふとこぼれ落ちるひと雫の涙が、いっそう印象的に心に刻まれる。うん、これはいいものです。この手の作品が好きなひとは読んでみて損はないと思う。

 さて、そこで、朝日のコラムに話は戻る。この書評は、ひと通りこの作品を賞賛したあと、このように結ばれている。

 この本はかわいかった。しかし、もう40歳に手が届こうかという私は思うのだ。「これが友情であっては、なぜいけないのだろう」。少女同士の魂の結びつきは、恋愛感情に基づいてなくてはいけないのだろうか。ただの友情ではだめなのか。かつては女同士の友情をテーマにした少女漫画たちが、確かにあったはずなのに。承認を得る相手が同性へと広がったことを喜びつつも、結局は「恋愛至上主義」になってしまった現在の少女漫画界を私は少し憂うのだ。

 「たまごまごごはん」でもちょっと触れられているけれど、このまとめ方はおかしい。そこにあるものは、やはり書き手の異性愛中心主義なのではないか思う。

 すぐに思い浮かぶのは、「これが恋愛であっては、なぜいけないのだろう」という反問である。

 「かつては女同士の友情をテーマにした少女漫画があった」というと、まるでいまはなくなってしまったようだが、そんなことはない。いまだってちゃんとある。

 むしろ、いまこそ、恋愛史上主義から一歩距離をおいた作品が花盛りを迎えつつあるように思う。

 昔も「女同士の友情を描いた」作品があったことはたしかである。一条ゆかりに『女ともだち』というそのものずばりのタイトルの作品がある。

女ともだち (1) (集英社文庫―コミック版)

女ともだち (1) (集英社文庫―コミック版)

 しかし、そこで描かれていたのは、ひとりの男を巡って破綻する友情の姿だった。

 女同士の友情は儚い。あいだに男が挟まれば壊れるもの。そういわれている気がして、どうもこの手の漫画は苦手だ。いや、この作品そのものはわりと好きなんですけどね。

 そういった「恋愛(異性愛)にひき裂かれる女性同士の友情」というテーマを極限まで押し進めたのが、吉村明美の歴史的傑作『麒麟館グラフィティー』である。

麒麟館グラフィティー (1) (小学館文庫)

麒麟館グラフィティー (1) (小学館文庫)

 この物語のなかでは、ふたりの女性の友情が、何度となく男の権力と暴力によってひき裂かれそうになりながらも、けっして壊れることなく続いていく。

 そこにはたしかに、恋愛の価値を相対化し、客観的に見つめ、その欺瞞をあぶり出し、その上であらためて正面から見つめる視点があった。

 それでは、現代ではこういう漫画は少なくなってしまったのだろうか。

 くり返すが、そうでもない。たとえば、『NANA』だって、『ハチクロ』だって、恋愛とともに「女同士の友情」を描いているじゃないか。

NANA (1)

NANA (1)

ハチミツとクローバー 1 (クイーンズコミックス)

ハチミツとクローバー 1 (クイーンズコミックス)

 今野緒雪長沢智の『マリア様がみてる』も、少女たちの友情の物語だし、一昨日紹介した『カルバニア物語』だってそうだ。

マリア様がみてる 1 (マーガレットコミックス)

マリア様がみてる 1 (マーガレットコミックス)

カルバニア物語3 (Charaコミックス)

カルバニア物語3 (Charaコミックス)

 もはや、そこでは、ひとりの男を巡って争いあう少女たちの姿は描かれない。

 また、水沢めぐみ谷川史子など、いままで「少女漫画らしい」恋愛漫画をかいてきた作家たちが、友情ものに手を染めていることもおもしろい。

大好き! (りぼんマスコットコミックス)

大好き! (りぼんマスコットコミックス)

ホームメイド 1 (りぼんマスコットコミックス クッキー)

ホームメイド 1 (りぼんマスコットコミックス クッキー)

ホームメイド 2 (りぼんマスコットコミックス クッキー)

ホームメイド 2 (りぼんマスコットコミックス クッキー)

 『ホームメイド』では、過去の谷川作品のパターンで行くと恋愛関係に発展しそうな男子が出て来るのだが、結局、何も起こらず、ただ少女たちの友情を描いて終わってしまう。

 『大好き!』なんて、もう、男の子添え物ですよ。こういう作品は、広い意味で「百合的」といえなくもないかもしれない。じっさい、「百合物件」あつかいしているひともいるし。

 そういうわけで、百合恋愛漫画が「女同士の友情をテーマにした少女漫画」の代替物かというと、全然そんなことはないのです。

 実は乙ひより作品の真価を知るためには、いままで「百合漫画」がどのように描かれてきたのか、そこを押さえていなければならない。その点にかんしては、藤本由香里の少女漫画評論集『わたしの居場所がどこにあるの?』が詳しい。

 藤本によると、従来、少女漫画の世界では、少年愛ものの圧倒的な人気に対して、百合もの(と、将来呼ばれることになるジャンル)は人気がなかった。ないどころではなかった。

 山岸涼子「白い部屋のふたり」、池田理代子『ふたりぼっち』、『おにいさまへ…』、一条ゆかり「摩耶の葬列」、里中満智子アリエスの乙女たち』など、レズビアン的な関係性を描いた作品は昔からある。

 しかし、それらの作品は、どれもこれもどうしようもなく悲劇的な結末に終わってしまうのである。しかも、ふたりの主人公の関係はどれも非常に類型的だ。

 つまり、それらのヒロインはかならずといっていいほど「美人でかっこよく、はっきりした性格のスーパーウーマンタイプ」と、「いかにも女の子女の子したあどけないタイプ」に設定される。

 藤本はそれらの類型を「真紅の薔薇と砂糖菓子」と名づけ、少女漫画に百合ものが少ない理由をさまざまに分析していく。ちょっとため息まじりに。

 ところが、90年代に入ると、突如、状況は変わりはじめる。次々と百合作品、あるいは百合的な作品が登場しはじめるのだ。

 しかもそれは従来の「薔薇と砂糖菓子」的な類型を飛び越えたものだった。藤本は桜沢エリカ『LOVE VIBES』、一条ゆかり「だから僕はため息をつく」、椎名あゆみあなたとスキャンダル』などの名前をあげている。

LOVE VIBES (YOUNG YOUコミックス)

LOVE VIBES (YOUNG YOUコミックス)

うそつきな唇 (ぶーけコミックス)

うそつきな唇 (ぶーけコミックス)

 しかし、そのなかでも最もヒットし、有名になったものは清水玲子輝夜姫』だろう。

輝夜姫 第1巻 (白泉社文庫 し 2-16)

輝夜姫 第1巻 (白泉社文庫 し 2-16)

 この作品では第1話から主人公の少女が義母と性的関係をもっている場面があり、その後もレズビアニズムが重要なモティーフとして登場する。

 そういう意味では、少女漫画史上最も成功した百合作品になる可能性を秘めた物語だった。

 ところが、時期的な問題により藤本の著書には書かれていないことだが、この物語は途中から異性愛のほうへ方向性を変えはじめる。

 作品全体もそうとうに迷走した印象があるが、その過程で序盤の可能性は忘れ去れていった。

 このことにかんしては、清水自身が、じっさいにレズビアンからの意見を受け取り、自分にはこの路線を突き詰めることは出来ないと感じて路線変更したという話を、どこかで話していた記憶がある。

 たぶん、『輝夜姫』はほんの少し早すぎたのだろう。あと5年発表が遅かったら、レズビアン・テーマを追求し切れたかもしれない。

 さて、このような歴史を踏まえてみると、『かわいいあなた』の価値がわかってくると思う。

 ここには、もはや「薔薇と砂糖菓子」的な類型はかけらも見当たらない。作中のヒロインたちは皆、ナチュラルでフェミニン。とりたてて美少女というわけですらないことも多い。

 どこにでもいるごく普通の女性たちが、普通に恋愛する話ばかりなのだ。ただ、その相手が女性だという点が「普通」ではないかもしれない。

 いや、もちろん、女性同士の恋愛も男性同士の恋愛も、いたって「普通」のことなのである。その「普通」さ、気負いののなさ、ひとを思う気持ちの切なさをそのままに描き出す素直さが、この作家の魅力だろう。

 逆にいえば、あたりまえのことをあたりまえに描けるようになるまで、漫画は何十年もかかっていることになる。

 そういうわけで、これからも乙ひよりの新作には期待していきたいと思う。次は長編をかいてほしいなあ。

 しかし、何でこんなに詳しいんだろ、おれ。

 余談。

 『百合姫S』11月号は昨日発売です。

コミック百合姫S (エス) 2007年 11月号 [雑誌]

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