ハッピーエンドはここにある。金城一紀『映画篇』に痺れろ。

映画篇

映画篇

 そんなわけで、百枚のポスターはあっという間にはけてしまい、急遽五十枚を追加して、町中だけではなく、駅の改札口なんかにも貼ってもらうことにした。どこに頼みに行ってもケン坊の存在は強力で、僕はアホアホパワーの恐ろしさを目の当たりにしたのだった。
 がんばったケン坊にご褒美をやろうと、なんか欲しいものあるか? と訊くと、ケン坊は迷った末に、魚肉ソーセージ! と叫んだ。アホの子はなんて愛しいんだろう、と初めて思った。

 ひとに本を薦めることは、とても無責任な行為である。そのひとがその作品を気にいってくれるかどうか、だれにもわかりはしないのだから。

 どんな名作だって皆に好かれるわけじゃない。あなただって経験があるだろう。自分が大好きな作品をまわりがさっぱり理解してくれず、寂しい思いをしたことが。

 ましてネットで不特定多数に作品を薦めるなんて真似は、無責任の10乗くらいの行為である。そのひとの顔すら知らないのに、なぜ薦めたりすることが出来る?

 もしぼくが責任感あふれる善人だったら、きっといまごろ罪悪感で凹んでいただろう。あくまで仮定の話だけれど。

 さて、そういうわけで、見ず知らずのひとに本を薦めるなんて非道なことなのだが、それでも薦めやすい本はある。たとえば、この『映画篇』など、大半のひとを魅了してしまうのではないかと思う。

 タイトルからわかる通り、映画にかんする物語である。それぞれ実在の映画からタイトルを採られた五つの作品が並べられ、ひとつの物語世界を形作っている。

 「太陽がいっぱい」、「ドラゴン怒りの鉄拳」、「恋のためらい/フランキーとジョニーもしくはトゥルー・ロマンス」、「ベイルライダー」、そして、「愛の泉」。

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 個々の作品は一見無関係に見えるが、よく読んで行くと、あるひとつの町を舞台にしていることがわかってくる。

 東大卒の店長が営むレンタルビデオ店や、『ローマの休日』を上映している区民会館など、背景が共通しているのだ。

 この町は、この物語の、いわば背景のセットだ。そして、そのセットの上を、さまざまな男女が通り過ぎていく。

 第一作目「太陽がいっぱい」の主人公は、「在日朝鮮人」の新人作家。あるとき、かれは、社会の暗部に消えて行った、少年時代の親友のことを思い出す。

 母親にもらう金をすべてつぎ込んで、片端から映画を見あさったあの頃。ふたりとも父親はなく、ときどきあらわれる「父親役」の男は、かれらに容赦なく暴力を振るった。

 現実はかれらに対してひどかった。しかし、映画館のなかでだけは、そのすべてから解放され、ひとりの人間としてわくわくと物語を楽しむことが出来たのだった。

 なぜなら、

 映画館の暗闇の中では、僕たちは在日朝鮮人でも在日韓国人でも日本人でもアメリカ人でもなくなって、違う人間になれるんだ。つまりさ、それはこういうことだよ。明かりが落ちていく時の、今回はどんなお話を見れるんだろう、今回はどんな登場人物に会えるんだろう、っていう期待は俺たちの頭や体の中でどんどんと大きく膨らんでいって、完全に明かりが消えた時にはとうとう弾けちまうんだ。その時、俺たちっていう人間も一緒に弾けていなくなって、暗闇そのものになるんだよ。そしたら、あとはスクリーンに放たれる光と同化すればいい。そうすれば、俺たちはスクリーンの中で動きまわる登場人物になれる。クソみたいな現実からほんの少しのあいだだけでも逃げられる。だから、僕たちは映画館の暗闇の中にいると、ワクワクするんだよ。どうだ? おまえもそう思うだろ?

 たぶん、金城一紀は、現実がいかに悲惨で救いようもなく、下らなく惨めで情けないものか、知り尽くしているのだろう。

 現実は、映画じゃない。映画のようには行かない。そのことをわかった上で、かれは「映画のような」物語を紡ぐ。そして、クソみたいな現実を圧倒する。現実よ、物語の力にひれ伏せ。

 その豪腕は、最後の「愛の泉」で頂点に達する。

 愛する夫を亡くし、すっかり意気消沈してしまったおばあちゃんを元気付けるために、その孫たちが『ローマの休日』上映会をひらく話。

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 そう、そこまでの物語の端々に登場した区民会館の上映会は、かれらが開催したものだったのだ。愛するおばあちゃんを励ますため、孫たちは駆けまわってフィルムや上映場所をさがす。すべてはおばあちゃんのために!

 涙、笑い、恋、冒険、そして映画に対する愛情がたっぷりと詰まったベタな人情話だ。悪人なんてひとりも出てこない、勇気と善意と愛情の物語。まるで、一本の映画のような。

 ここで金城はシニシズムに逃げることなく、人生の素晴らしさと、人間のあたたかさを正面から謳いあげている。もちろん、その先には飛び切りキュートな、しかも笑えるハッピーエンドが待ち受けている。

 たしかに、きびしい現実に対し、物語は無力だ。しかし、同時に、物語る力に対して、現実は無力でもある。現実がどんなに暴力的な素顔を見せようとも、ひとが物語ることを止めることは出来ない。

 だから、さあ、現実よ、物語の前にひれ伏すがいい。物語はここにある。お前がどんなに嵐を吹かせても、この灯台は光りつづけ、さまよう人びとを照らすだろう。

 本当に素晴らしい作品でした。何かあたたかい小説を読みたいと思う方にお奨めです。さて、何か映画のDVDでも借りてこようかな。