『今日の早川さん』を10倍楽しむ方法。


 昨日、帰宅したら、郵便受けに一通の小包が届いていた。差出人を見ると、何とあの早川書房である。何だろ。懸賞でも当たったかな。出していないけれど。とりあえず、あけてみよ。

今日の早川さん

今日の早川さん

 ……(茫然自失中)……はっ(覚醒)! id:COCOさんの『今日の早川さん』じゃん! なぜこの本がおれのところに! キラー・クイーン*1で爆弾にしてあって触ると爆発するという落ちか!

 ……(沈思黙考中)……はっ(理解)! そうか、これはつまり指令! 「1冊くれてやるからお前の日記で宣伝して1冊以上売れ」という意味! ネットやっているとこういうこともあるんだなあ(しみじみ)。

 そういうわけで、今日のネタはいまはてな界隈その他で話題沸騰中の読書系4コマ漫画『今日の早川さん』。

 良い子の皆はもちろんもう読んでいるよね? まだ読んでいないないひとはとにかくためしに読んでみよう! ぼくが百万言を費やすより一作読んでみたほうがよくわかるに決まっている。

 さいわい、『早川さん』はネット漫画。いますぐネットで読むことが出来る。目次から適当にたどってみるといい。

 この作品のおもしろさは、読書狂という人種のおかしみを、軽快なコメディに仕立て上げたところにある。

 世の中のひとの大半は読書とは無縁に生きているし、そうでないひともせいぜいたしなむ程度にとどめているわけですが、たまにそれじゃ済まないひとも生まれてくる。

 たぶん遺伝子の異常か何かが原因かと思われますが、毎日本を読んでいないと死んでしまう人種が存在するんですね。

 一般人にとって読書とは趣味ですが、その手の人種にとってはもはや生活必需品にひとしい。ひと呼んで本の虫、活字中毒ビブリオマニア、ま、呼び名はいろいろあるわけですが、その実態は本の奴隷。

 今日も本を買いあさり、読みあさっては、ネットに(往々にしてやたら偉そうな)感想を上げたり、ああでもないこうでもないと議論に耽ったりしているのです。おお、まるでぼくのことじゃん! ま、ぼくはまだまだ常識人の範疇ですけどね。……だよね?

 さて、この本には5人の活字中毒の女の子が登場します(岩波さんはもう女の子という歳でもないか?)。

 SFマニアの早川さん、ホラー中毒の帆掛さん、主流文学通の岩波さん、ライトノベル好きの富士見さん、そしてレア本収集家の国生さん。

 それぞれ趣味は違うけれど、本が大好きというところは共通している。それなら仲良くすればいいようなものですが、何しろ筋金入りの活字中毒ばかり、自分の好きなジャンルにかんしては一家言あり、仲良くなんて夢のまた夢。

 でも、いつもいっしょにいるので、何だかんだいってほんとは仲良しなのかも。いや、ま、世間に居場所がないもの同士集まって傷を舐めあっているだけかもしれませんが。

 うんうん、スタージョンもケッチャムもガルシア・マルケス桜庭一樹も読んでいない奴らとなんて、話すことは何もないよね!

 とくに主人公の早川さんは非モテ街道驀進中。最初の4コマからして失恋しています。その理由は表紙を見れば一目瞭然。

今日の早川さん

 この晴れの席でジーパンにスニーカーなんて、ほんとにおしゃれとは縁のない子(泣)。お前はおれか! 帆掛さんはスカート履いているのになあ。

 というわけで、読書中毒の人間の生態をときにリアルに、ときに戯画化して描いた非常に楽しい漫画なのでした。

 全編オールカラーの上、この書籍版では徹底的にリファインがほどこされていて、本当に綺麗な仕上がりになっている。服装とかも微妙に修正されているようなので、はてな版のファンもぜひ本で読んでみましょう。

 いや、早川の回し者だからいうわけじゃなくて、ほんと、これはおもしろい(そもそも、ぼくは本をもらう前から褒めているしな)。

 たしかにふだん本を読まないひとには面白味がわからないかもしれませんが、活字中毒の人間にとってはマストアイテムでしょう。

 そして、この書籍版では、書き下ろしでとんでもない展開が待ち受けています。うわ、信じられねえ! この発想はなかったわ。まさかこの漫画で驚愕することになるとは。

 それにしても早川さん、いい子だなあ。早く彼氏が出来るといいね。大丈夫、イケメンのSFファンもきっとどこかにいるよ! 最近、SFファンはワシントン条約で保護されているらしいし。あきらめたら試合終了だって、安西先生も言っていた。

 さて、そういうわけで非常におもしろかったので、調子に乗って元ネタの解説をしてみました。とりあえず気づいたかぎり取り上げておくけれど、スルーしちゃったものもあるだろうな。もしわかるひとがいたらコメント欄によろ。
●本文編。

・p2「今日の登場人物(1)早川量子」

 元ネタはいうまでもなく早川書房。SFとミステリの翻訳にかんしては他の追随を許さない出版社。お世話になっています。

・p3「『フランケンシュタイン』は史上初のSF作品であると友人の前で持論を展開している早川さん。」

 早川さんの独創ではなく、英国のSF作家兼評論家ブライアン・オールディスの説。どの作品がSFの起源か?という話は諸説あって、たぶん永遠に決着しないだろう。

一兆年の宴 (KEY LIBRARY)

一兆年の宴 (KEY LIBRARY)

・p4「今日の登場人物(3)岩波文子」

 元ネタはいうまでもなく岩波書店。純文学その他の教養書をたくさん出している。

・p5「今日の登場人物(4)富士見延流」

 元ネタはいうまでもなく富士見書房富士見ファンタジア文庫ライトノベルの象徴的存在。

・p6「今日の登場人物(5)国生寛子」

 元ネタはいうまでもなく国書刊行会。マニアが泣いて喜ぶディープな本をたくさん出してくれるありがたい出版社。ただし、小さな書店にはあまり売っていない。

・p8「アレステア・レナルズ著『啓示空間』」

啓示空間 (ハヤカワ文庫SF)

啓示空間 (ハヤカワ文庫SF)

 早川文庫のなかでもトップクラスに厚い本。何と1000ページを越える。なぜ分冊しなかったのかは不明。

・p11「おっ、C・A・スミス発見」

 クラーク・アシュトン・スミスアメリカの怪奇幻想小説作家。暗く耽美的な世界観を特徴とする。翻訳は軒並み絶版なので、知っているだけでマニアだといえる。

・p19「馬鹿だ!」「馬鹿がいる!」

 なぜばかなのかというと、薄い本に大金を払っているからである。『巨人』は知らないが、帆掛さんの挙げた『山尾悠子作品集成』は巨大なハードカバーで900ページもある。ぼくは無人島に一冊もっていくならこの本にするかも。

山尾悠子作品集成

山尾悠子作品集成

・p26「お、ヴァンスが揃っているじゃん」

 ジャック・ヴァンスが揃っている一般書店なんてほぼ存在しないので(日本のどこかにはあるかもしれない)、富士見さんがバイトしているのは中古書店であることがわかる。

・p72「ビーグル号発進〜」

 A・E・ヴォクト(じっさいにはヴォートという発音のほうが正確らしいけど)『宇宙船ビーグル号』より。さすが早川さん、子供の頃からSFを読んでいたのか。

宇宙船ビーグル号 (ハヤカワ文庫 SF 291)

宇宙船ビーグル号 (ハヤカワ文庫 SF 291)

●タイトル編

・p32「マンティス」

 K・W・ジーター『マンティス』より、だと思う。自信なし。

マンティス (ハヤカワ文庫NV)

マンティス (ハヤカワ文庫NV)

・p33「擬態」

 ジョー・ホールドマンのネヴュラ賞受賞作『擬態 −カムフラージュ−』より。

擬態―カムフラージュ (海外SFノヴェルズ)

擬態―カムフラージュ (海外SFノヴェルズ)

・p38「リトライ」

 ケン・グリムウッドの『リプレイ』が元ネタか――というのは考えすぎですか?

リプレイ (新潮文庫)

リプレイ (新潮文庫)

・p47「口に出せない習慣、奇妙な行為」

 ドナルド・バーセルミの同名作品が元ネタで間違いないでしょう。ぼくは読んでいません。

口に出せない習慣、不自然な行為 (現代アメリカ文学叢書)

口に出せない習慣、不自然な行為 (現代アメリカ文学叢書)

・p48「沈黙の声」

 同タイトルの漫画もあるけれど、たぶんこっちが元ネタでしょう。

沈黙の声 (ちくま文庫)

沈黙の声 (ちくま文庫)

・p49「女子の半分は妄想で出来ています」

 バファリンの名キャッチコピー「バファリンの半分は優しさで出来ています」より。

・p52「「己の欲望に忠実たれ、とオタクは言った」」

 フィリップ・K・ディック『流れよわが涙、と警官は言った』より。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』と並んで、あらゆるSFのタイトルでも最もパロられやすいもののひとつ。

流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)

流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)

・p57「血は異ならず」

 ゼナ・ヘンダースンの『ピープルシリーズ』の一冊。恩田陸はこのシリーズを元に『光の帝国』を書いた。しかし、ぼくは未読。

・p61「大いなる遺産」

 チャールズ・ディケンズの長編小説。舞台をメキシコに移したアルフォンソ・キュアロン監督の映画版も傑作。おすすめです。

大いなる遺産(下) (新潮文庫)

大いなる遺産(下) (新潮文庫)

大いなる遺産(上) (新潮文庫)

大いなる遺産(上) (新潮文庫)

・p62「溺れた巨人」

 ニュー・ウェーブSFの巨匠J・G・バラードの短編集。

溺れた巨人 (創元SF文庫)

溺れた巨人 (創元SF文庫)

・p63「罪深き愉しみ」

 これもドナルド・バーセルミの本が元ネタ。読んでいないなあ。

罪深き愉しみ (現代アメリカ文学叢書)

罪深き愉しみ (現代アメリカ文学叢書)

・p64「終りなき戦い」

 『擬態』と同じジョー・ホールドマンヒューゴー賞/ネヴュラ賞受賞作。

終りなき戦い (ハヤカワ文庫 SF (634))

終りなき戦い (ハヤカワ文庫 SF (634))

・p68「われら顔を選ぶとき」

 ロジャー・ゼラズニイのSF小説。ゼラズニイのタイトルはかっこいいのう。かっこよくなかったら何の取り柄もない作家だもんな。

・p69「冷たい方程式」

 トム・ゴドウィンの短編SF。日本人好みのセンチメンタルな話ではあるが、実のところ、いうほどの傑作とも思わない。この作品の発表後、同趣向の「方程式もの」がたくさん書かれた。

・p70「過ぎ去りし日々の光」

 アーサー・C・クラークスティーヴン・バクスターのイギリス人SF作家コンビによる同名の共著より。クラークはほぼ作家引退状態なので、たぶん、中身はほとんどバクスターが書いていると思われる。

過ぎ去りし日々の光〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

過ぎ去りし日々の光〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

過ぎ去りし日々の光〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

過ぎ去りし日々の光〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

・p72「どこまで行けばお茶の時間」

 アンソニイ・バージェスの同名小説より。いいタイトル。ぼくも読んでみたいので、これを読まれた方は復刊ドットコムに投票お願いします。

どこまで行けばお茶の時間 (1981年) (サンリオSF文庫)

どこまで行けばお茶の時間 (1981年) (サンリオSF文庫)

・p74「鼠と竜のゲーム」

 伝説のSF作家コードウェイナー・スミスの短編小説「鼠と竜のゲーム」および同名の作品集が元ネタ。読んではいるのだが、もうはっきりと内容を憶えてはいない。

・p75「あなたの人生の物語

 テッド・チャンの傑作短編「あなたの人生の物語」より。これは憶えているぞ! 素晴らしい作品なので、ぜひぜひ読んでほしいです。ちなみにチャンはこのあいだ来日していた。

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

・p76「恋人たち」

 フィリップ・ホセ・ファーマーの代表作『恋人たち』より。初めてSFの世界にセックス・テーマを持ち込んだといわれる。ちなみに、このあいだの劇場版『機動戦士Zガンダム*2でもタイトルを流用されていた。

恋人たち (ハヤカワ文庫 SF 378)

恋人たち (ハヤカワ文庫 SF 378)

・p77「狂気の山脈」

 H・P・ラブクラフトの恐怖短編「狂気の山脈にて」より。あらゆるホラー小説のなかでも最も有名な作品のひとつ。

ラヴクラフト全集 (4) (創元推理文庫 (523‐4))

ラヴクラフト全集 (4) (創元推理文庫 (523‐4))

・p79「永遠のチャンピオン」

 マイケル・ムアコックのヒロイック・ファンタジィ小説『永遠のチャンピオン』より。ただし、最近の版では『永遠の戦士』と改題されている。たしかに何だかボクシング小説みたいだったものな。中身は傑作。すっげえ暗い話だけど。

・p80「ハードワイヤード」

 ウォルター・ジョン・ウィリアムズの同名長編SFより。名前くらいしか知りません。

・p82「たとえ世界を失っても」

 シオドア・スタージョンによる同名の同性愛SFより。腐女子の方にもぜひ読んでほしい名作ですが、読まないだろうなあ。きっと。いまなら『20世紀SF』で読めます。

20世紀SF〈2〉1950年代―初めの終わり (河出文庫)

20世紀SF〈2〉1950年代―初めの終わり (河出文庫)

・p83「影が行く」

 ジョン・W・キャンベルの同名小説より。伝説の編集者にして近代SFの父であるキャンベルが作家として遺した作品のひとつ。

影が行く―ホラーSF傑作選 (創元SF文庫)

影が行く―ホラーSF傑作選 (創元SF文庫)

・p84「ネットの中の島々」

 ブルース・スターリングの同名小説より。スターリングは『スキズマトリックス』が壮絶に読みづらかったので苦手意識があるんだけど(おもしろかったけどさ)、傑作らしい。

ネットの中の島々〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

ネットの中の島々〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

ネットの中の島々〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

ネットの中の島々〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

・p85「理解」

 テッド・チャンの短編SF「理解」より――だと思う。先述の短編集『あなたの人生の物語』に収録。

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

・p89「人間の手がまだ触れない」

 ロバート・シェクリイの同名短編小説より。実はぼく、この話の何がおもしろいのかさっぱりわからなかった。こういう古いSFはいまとなってはねえ。

人間の手がまだ触れない (ハヤカワ文庫SF)

人間の手がまだ触れない (ハヤカワ文庫SF)

・p91「けだもの目覚める」

 世界一長い小説として有名なペリー・ローダンシリーズの一冊。さすがにぼくもローダンは読んでいないので、どんな内容かはわかりません。

けだもの目覚める (ハヤカワ文庫 SF (1045)―宇宙英雄ローダン・シリーズ 197)

けだもの目覚める (ハヤカワ文庫 SF (1045)―宇宙英雄ローダン・シリーズ 197)

・p92「トリガー」

 アーサー・C・クラーク、マイクル・P・キュービー=マクダウエルの同名共著より。これもたぶんマクダウエルが主に書いているんじゃないかな。

トリガー〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

トリガー〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

トリガー〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

トリガー〈下〉 (ハヤカワ文庫SF)

・p97「この人を見よ」

 マイケル・ムアコックのネヴュラ賞受賞作。タイムマシンとキリストを扱っていることから、欧米では相当論議を読んだらしい。日本人はそれほどショックを受けないかもしれないが。

この人を見よ (ハヤカワ文庫 SF 444)

この人を見よ (ハヤカワ文庫 SF 444)

・p100「何かが道をやってくる」

 レイ・ブラッドベリの同名長編小説より。スティーヴン・キングをはじめ、後世の多くの作家たちに影響を与えた名作である。

何かが道をやってくる (創元SF文庫)

何かが道をやってくる (創元SF文庫)

・p101「鉄の神経お許しを」

 エドモンド・ハミルトンのいわゆる『キャプテン・フューチャー』シリーズのなかの一編より。原題がどんなものなのか知らないが、ユニークな翻訳である。

・p102「落ちゆく女」

 パット・マーフィーの同名SFより。読んでいないので、ぼくには何ともいえません。ていうか、そろそろ書くの疲れてきたよ。

落ちゆく女 (ハヤカワ文庫SF)

落ちゆく女 (ハヤカワ文庫SF)

・p103「幼年期の終り

 いわずと知れたアーサー・C・クラークの超名作『幼年期の終り』より。光かがやく宇宙船が空を覆う冒頭の場面、そして地球が人類ごと崩壊するクライマックスの場面は、全SF小説でも屈指の美しさ。

幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341))

幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341))

 ぜいぜい。書き上げたぜ。うーん、何だか本1冊ぶん以上の仕事をした気がする! このように、ぼくは非常に恩を感じる男なので、作家の皆様、出版社の皆様、余っている本があったらぜひお送り下さい。待っております。

 とか書いたらほんとに送られてきたりして。

*1:荒木飛呂彦の名作『ジョジョの奇妙な冒険』に登場するスタンド能力。触れたものすべてを爆弾に変えてしまう。スタンドそのものの解説はむずかしいので省略。

*2:「Ζ」は「Z」で代用。