おっぱい論。

 いっておくが、おれは巨乳マニアではない。あんなものおおきすぎるくらいなら、ちいさいほうがいいくらいだ。ただ動物なので動くものには視線を奪われる習性があるのだと思ってくれ。



――石田衣良「西一番街テイクアウト」

骨音―池袋ウエストゲートパーク3 (文春文庫)

骨音―池袋ウエストゲートパーク3 (文春文庫)

 というわけで(何がというわけなのかわからないけれど)、今日はおっぱいの話。

 ぼくもおっぱいには熱い思いがありますが、たかすぃさんほど熱く語れる自信がないので冷静に行きます。経験的知識も少ないしな!(涙目)

 まずはペトロニウスさんの以下の記事から。

 僕はずっと思っていたのだが、巨乳か貧乳かというバトルおかしい!。というか、世界が狭い。柔らかさや、肌の質感、敏感さ、形(サイズってのは形なんだ!トップとアンダーの落差なわけだから)とか重要な属性概念が全然抜け落ちている。力説!(笑)。全体のスタイルとの整合性もある。背の小さいが巨乳がいい!とか、逆に背がでかくて巨乳がいい!とか、いろいろあるだろう!。趣味はいろいろなのだ。・・・・・なにを力説しているんだろう、おれわ…。

 ですよね。人間のからだは全部あわせてひとつなのであって、一部分だけ取り出してこっちが良いとかあっちが良いとかいえないよな、とぼくも思う。

 で、ペトロニウスさんがその記事で取り上げたいたのがこちら。

 男性向け雑誌を見れば巨乳の水着写真やらヌード写真が溢れている。男たちに質問すればかなりの男が巨乳を好むと答えるのではないか。どうしてこんなことになったのだろう。古くはギリシャ彫刻を見ても、ルネッサンス美術も、マニエリスムの絵画も、アングルの泉も、印象主義ルノワールも、日本の浮世絵でも、女性たちの胸は大きくない。少なくとも巨乳ではない。一体いつから、そしてなぜ男たちは巨乳を好むようになったのか。

 横軸で女性の胸の大きさを表し、縦軸で男性の満足度(って何だ)を示した怪しげなグラフが示してあって、なかなかおもしろい。ただし、このグラフの情報源そのものが不明なので信頼性はまったくありません(笑)。

 でも、ま、

 女性の皆さん、あなたが女優やアイドルでない限り、胸が小さいと悩む必要はない。あなたの胸が見られるのは、せいぜい海かプールだろう。見るだけで触ることができないのはあなたにとって他人に過ぎない。あなたの恋人や夫はあなたの胸に触ることができる。触れば男は嬉しいのだ、満足するのだ、だから何も悩むことはない。

 という結論は、妥当かな、と思います。もっとも、胸の小ささで悩む女性が考えるのはむしろ恋人や夫を作るまでのことだろうから、あまり慰めになっているとも思えません。

 ちなみに、上記サイトのコメント欄では、疑問が呈されていますが、マリリン・ヤーロムの『乳房論』によると(いや、ネタじゃなくて、ほんとにそういう本があるのです)、ルネッサンス時代には女性の胸は小さいほうが良い、とされていたいたことは事実らしい。

 中世時代にでき上がった美しい乳房の基準はルネッサンス期を通じても変わらなかった。小さく、白く、りんごのように丸く、引き締まって型崩れしておらず、左右が両端に離れているものが良しとされた。

乳房論―乳房をめぐる欲望の社会史 (ちくま学芸文庫)

乳房論―乳房をめぐる欲望の社会史 (ちくま学芸文庫)

 また、マルタン・モネスティエの『図説乳房全書』(あるんだってば)には、こんなことも書かれています。

 ローマでは豊満な乳房は決して美のしるしとはみなされなかった。それどころか、一八八七年にこの町で発見された五世紀前半の淺浮彫りには、膿のようでほとんど発育していない、互いに非常に離れた小さな乳房が描かれていた。

図説 乳房全書

図説 乳房全書

 かならずしもいつの時代も大きな胸が歓迎されたわけではないのです。考えてみれば、昔はブラジャーというものが存在しなかったわけで、大きな胸はいまより簡単に垂れ下がっていたでしょう。そういうことも関係しているのかもしれない。

 しかし、

 全般的に、ルネッサンス後期から男性の好みは徐々に、より大きな乳房に移行している。中世後期の小さな、思春期の少女のような乳房は五百年経った今、一九五〇年代のジェーン・ラッセルや、一九七〇年代のキャロル・ドーダ、一九九○年代のシンディ・クロフォードなどの、大きな乳房にすっかり追いやられてしまった。

 そして、現代日本の巨乳ブームに至るわけです。おかげで、現代日本でも胸のサイズで悩む女性は少なくありません。小さいことで悩むひともいれば、大きいことで悩むひともいるようです。

胸が小さいのが悩みです。
胸よりお腹が出ているのでかっこ悪いです…。何とかして胸が大きくならないでしょうか?
よく通販で胸を大きくするブラジャーとかサプリメントが売っていますが、買ったことはありません。
お風呂でマサージくらいはしています。
こんなことをして大きくなった、ということがあったら教えてください。



 私は胸が大きくて、そのことで女子にも男子にもよくからかわれます。
 私服はなるべく胸が目立たない服を着るようにしているのですが、そうすると太って見えるのであまり好きではありません。それに、普段学校に行くときは制服なので、服装でごまかすこともできません。
夏は薄着になるので私服でも目立ちますし、学校の水泳の授業で水着を着るとすごく恥ずかしいです。
 私は胸が大きいのを気にしているので、胸のことを言われるとすごく嫌な気分になります。からかわれた時、どのように対処したらいいでしょう?

 いずれにしろ、小さいことや大きいことそのものじゃなくて、それに対する周囲(主に異性)の視線に悩んでいるような気がしますね。

 小さかろうが大きかろうが結局は悩むことになるわけで、女性は大変だなあ、と思います。「乳房の大きさにかんする関心はその時代時代で文化的に形成されてきたのだよ」などといっても、あまり慰めにはならないでしょう。

 そこで、一枚のヌード写真を紹介しましょう。いままで見たあらゆるヌードのなかでも最も美しいと感じる一枚です。ある本の表紙に使われているので、リンクを貼っておきます。

 片方が失われた乳房を堂々とさらけ出し、晴れ晴れとした表情で天を仰ぐ女性。アメリカの作家ディナー・メッツガーの姿です。

 この画像ではよくわかりませんが、失われたほうの乳房の痕には刺青がほどこされています。手術痕を樹の枝に見立て、そのまわりに茂る葉を描いてあるのです。

 写真家ヘラ・ハミッドによって撮影されたこの写真は、そのタイトルを「戦士」といいます。乳がんとの壮絶なたたかいを生き延び、その傷跡を堂々と太陽にさらして、誇らしげに天を抱きしめる女戦士。ひと言、めちゃくちゃかっこいい!

 ここには、同情を引き寄せるようなかよさわはありません。また、自己憐憫のかけらすら見当たらない。女性、というより生命そのものの強靭な力を感じさせるような、本当に美しい写真です。

 メッツガーは自分について、「樹木」と題する詩で語っています。ぼくも全文は知らないのですが、一部を引用しましょう。

 私はもはや愛することを恥じたりしない
 愛は私が勝ち取ることのできる戦いだ
 私の肉体は殺すことも傷付けることもしない
 戦士のものだ
 私の肉体の上に、私は刻印しよう
 1本の樹木を

 この詩と写真は発表以来、無数の女性を勇気付けてきました。ルイズ*1とか、秋葉*2とか、みなみ*3あたりに聞かせてやりたいと、個人的には思います。

真月譚 月姫(3) (電撃コミックス)

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らき☆すた (4) (角川コミックス)

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 でも、ま、やっぱり気になるものは気になるよね。動物だから。

*1:ゼロの使い魔』のヒロイン。小さな胸で悩んでいる。

*2:月姫』のヒロイン。小さな胸で悩んでいる。

*3:らき☆すた』のヒロイン。小さな胸で(以下略)。