作家の性別は作品とは関係ない。


 「「キミキス」の東雲太郎が女性だという衝撃」。

 へえ、東雲さん、女性だったのか。

キミキス 1―various heroines (ジェッツコミックス)

キミキス 1―various heroines (ジェッツコミックス)

Swing Out Sisters (TENMA COMICS)

Swing Out Sisters (TENMA COMICS)

 ここで、そういわれてみればあの描写は――みたいにいうことは簡単だけれど、しょせん後出しですからね。さっぱり説得力がありません。

 いずれにしろ、作家の性別などで評価を変えることはいかにも下品な話です。作者の性別など、作品の評価には何の関係もない話であることがまたしても証明された、というだけのことではないでしょうか。

 『らき☆すた』の美水かがみが男性だったということがわかり、「どう見ても男じゃねえかvv それくらいわかれよvv」みたいな態度を取るひともいるけれど、ぼくはああいうものを描く女性作家がいても少しもおかしくないと思うね。

らき☆すた (1) (単行本コミックス)

らき☆すた (1) (単行本コミックス)

 漫画の場合、ある程度は絵柄から性別が推し量れるけれど、それも100パーセントには程遠い話です。ジュブナイルポルノも、ちょっと、作品だけ読んで作者の性別を推測できる自信はありません。

 SFの世界には、いま、石野さん(id:p17n)が頑張って読んでいるジェイムズ・ティプトリー・ジュニアという作家がいます。

 この名前と、そしてその作品だけを見ていれば、こわもての中年男性が想像されるところですが、実はこのひと、女性でした。

 本名をアリス・ブラッドリー・シェルドン。ひと呼んで、「センス・オブ・ワンダーランドのアリス」。20世紀SFを代表する天才作家です。

 あるとき、たまたまその正体が判明するまで、彼女は徹底的に男性的な作風を貫きました。

 まだその正体が不明だった頃、あのシオドア・スタージョンが、「最近のSF作家でこれと思うものは女性ばかりだ。例外はティプトリーくらいだ」と失言したことは有名な話。

 そして、あきらかになったその経歴は、幼年期の大部分をアフリカで過ごし*1、16歳の頃にはグラフィックアーティストとして個展を開くほどの才能を示すものの、その後、陸軍に入隊しペンタゴンに勤務。

 それからCIAに移り、やはり辞職、大学に入って心理学の博士号を取得し、その傍らストレス解消のためSF小説を書きはじめる――というおどろくべきものでした。

 そして、87年、ティプトリー老人性痴呆症の夫をショットガンで射殺し、自分自身も自殺して果てます。享年71歳。その小説にまさるとも劣らない壮絶な人生です。

 こういうひともいるのだから、もうだれが女性でもおどろきません。いや、原哲夫と池上僚一が女性だったらおどろくけどさ。

 さて、こうして考えてみると、「男性のように思える女性作家」に比べて、その反対は少ないように思えます。北村薫とか石田衣良あたりは性別をかくしていたら女性でも通じたかもしれないけれど、男が性別不詳を貫くと反発が大きいのかも。

 『白夜』のドストエフスキーなどは、何で男のくせにこんなもの書けるんだ、と思ってしまいますね。女性心理リアルすぎ。

 そういう意味ですごいと思うのは、我孫子武丸です。かれの人形シリーズは、わかっていても男性が書いているとは思えない。mixiの日記を読んでいると普通のおじさんなんだけれど、何であんな小説を書けるんだろ。

人形はこたつで推理する (講談社文庫)

人形はこたつで推理する (講談社文庫)

 うーむ、ぼくもべつのHNでネカマ日記でも書いてみようかな。はたして見抜かれるものだろうか。

 追記。

 こういう追加記事が掲載されたようです。が、ぼくのスタンスは、上記した通り、作者の性別なんてどうでもいいということなので、その点は変わりありません。以上。

*1:なんと、この頃のアリスを撮った写真集が存在する。信じられないね。

ジャングルの国のアリス

ジャングルの国のアリス