『らき☆すた』ファンは思考停止しているのか?


 こなたさんが大変なことになっています。字幕付きのものもあるけれど、個人的には字幕は余計かな、という気がしますね。

 それはともかく、id:Shsgsさんの『らき☆すた』批判がおもしろい。

 複数の日付にわたって話が展開してるので、少々論旨を追いかけにくいところはあるのだが、とにかく『らき☆すた』を批判的に捉えていることは間違いない。

 「論外の作品」、「程度の低い作品」、「評価しがたい作品」、「小学生あたりが日々の生活の中で述べる与太話の水準」などなど、「そこまでいうか」と思うような表現を並べて徹底的に批判している。

 その意図は、7月4日の記事の、

少々感情的な物言いになるが、らき☆すたを掛け値なしに面白いといえる人は思考停止しているのではないか。

 という表現に端的にあらわれている。『らき☆すた』ファンの皆さんは、どうか胸に手をあてて、自分が思考停止しているかどうか考えてみてもらいたい。

 そして、続く8月3日の記事では、そんな人間の末路が示唆されている。

今回の話を面白いとする人々は、下手をすると一生制作サイドの思惑通りに踊らされ搾取され続けてゆくのだろうか。こんなanimationいりません!と声高に主張できず、むしろ与えられるものを肯定する前提でみることはどうなんだろう(もっとも、この点もたぶんに感情論ではあるが)。

 一生搾取である。製作サイドの思惑通りに踊らされつづけるのである。そこのこな×かが萌え萌えとかいっているあなた! あなたはこういう恐ろしい可能性を考えたことがあるだろうか。一生の問題なのである。

 さて、それでは、id:Shsgsさんがこうまで『らき☆すた』を非難する根拠はどこにあるのだろうか。

 かれ*1の文章を完全に理解しているとまではいわないが、過去ログをさかのぼって見てみると、主に『らき☆すた』のパロディネタを問題にしているようである。

 id:Shsgsさんによると、『らき☆すた』は前提知識が必要なパロディネタを多用することによって、一部のオタク視聴者あいてに閉じている。これはテレビアニメとしては否定されるべきことだ、ということになる。

 かれは書く。

らき☆すたという作品は確かにオタクに観られることを前提としている。それは作品内に数多あるパロディや前提知識を必要とする内容の存在からわかることである。しかし、ともすればそのことはオタク以外の視聴者を蚊帳の外においてしまう結果を導く。

 しかし、ここでいう「オタク」とは何者だろうか。もし「作品内に数多あるパロディや前提知識を必要とする内容」をひとつのこらず瞬間的に理解できるような視聴者のことを指しているのなら、そんな人物は、たぶん少数派である。

 ほとんどのひとは、おそらく『涼宮ハルヒの憂鬱』は見ているが、『アニメ店長』は知らないとか、あるいは『頭文字D』はアニメで見たが、『ハルヒ』にはあまり興味が沸かないとか、そんなレベルだろう。ぼく自身がそうであるように。

 そして、そんな人間でも『らき☆すた』は十分に楽しめる。リンク先のコメント欄でも指摘されているが、作中に組み込まれるパロディをひとつのこらず理解出来る必要などないのだ。

 また、かれは書く。

らき☆すたが"女子高生の日常"を描いたものであるという言い方をするのは虚偽である。なぜなら"オタクでない女子高生"が日常的にネトゲとかギャルゲーなどと話すということはないからである。

これに対しては次のような反論があるかもしれない。いわく、らき☆すたは"オタクな女子高生の日常"を描いた作品なのだ、と。だが、このような言い方をするのも適当でない。

 ここでもその「オタク」とは何か?という問題が立ち上がってくる。この記述を読むと、あたかも世の中には「オタクな女子高生」と「オタクではない女子高生」という2種類の人種がいるかのようだ。

 しかし、世の中にはオタク指数100%の人間と0%の人間しかいない、と考えることはばかげている。じっさいには、77%のひとも、43%のひとも、16%のひともいるだろう。

 『らき☆すた』作中での描写を見ると、こなたは92%くらいで、かがみは12%くらいのオタクに見える。とはいえ、だからこなたは純粋な「オタク」で、かがみは「一般人」だと割り切って考えることには無理があるだろう。

 たしかに、平均的に見ればこなたのほうがはるかに「オタクらしい」。しかし以前にも書いたように、たとえばライトノベルを軸にして考えれば、かがみのほうがこなたより「濃い」。たぶん意図的にそういう描写をされている。

 おそらく、この方面では、こなたのオタク指数は7%くらいで、かがみのほうは53%くらいだろう。オタク文化がこれほどに大衆化、一般化、多様化した状況では、当然このようなことがありえる。

 現在、コミックマーケットは3日間で累計50万人を集める。ニコニコ動画は開始数ヶ月の時点で既に200万人の会員を集めている。そして、これらの数は今後さらに増えていくだろう。「オタク」はここまで拡散している。

 そういう現状で、「オタク」が皆、同じような知識と、識見と、性格と、価値観と、その他いろいろを共有しているということはありえない。こうしているいまも「オタク」は浸透しつづけ、無意味な概念と化しつつある。

 もちろん、まだそうなってはいないだろうし、将来的にも完全にそうなる可能性は低いと思う。ただ、基本的にはこの「ライト化」の進行は止めようがない、と感じる。このことは何度もかたちを変えて書いてきた。

 『らき☆すた』はそんな現状を反映した作品である。もちろん、そういう「オタク」たちが、こなたやかがみのような美少女ばかりということは、現実にはほとんどありえない。あったらいいなとは思うけどさ。

 ただ、そういういかにもファンタジーな側面を外して関係性だけを見れば、『らき☆すた』に見られる関係性は、決して完全な夢物語とはいえないと思う。大いに理想化されていることは否定しないにせよ。

 「濃いオタクなひとと友達になったおかげで影響を受けてしまう薄いオタクなひと」は、現実にいくらでもいるだろう。というか、ぼくと友達になったひとはたいていそんな目に遭う(笑)。

 そしてそういう状況下で、異なる知識と、異なる価値観と、異なる方向性をもつ少女たちが、それでもまったりと仲良くやっているところに、『らき☆すた』のほほえましさがある。

 id:Shsgsさんはかがみたちがメイド喫茶に行く描写に意味はあるのかと疑問を呈するが、あるのだ。こなたたちのそんな人間関係を描くことじたいが目的なのである。個人的にはパロディネタよりはるかにその関係性に魅力を感じる。

 id:Shsgsさんは、あくまでも理論的な議論を望むことを書いているので、この文章はそれなりに理論的な反論となることをめざして書いた。何かしらの問題提起となっていればさいわいである。

 もちろん、そうなっていなくても、ぼくのかがみんへの愛が揺らぐことはないけれど。

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*1:男性だと思うのですが、間違えていたらすいません。