命を守る――『精霊の守り人』

精霊の守り人 (新潮文庫)

精霊の守り人 (新潮文庫)

「おまえがたすかって、ほんとうによかった。――まにあって、ほんとうに、よかった。」
 それをきいたとたん、心の底からからだぜんたいに、じんわりと熱いなにかがひろがってきた。

 いま、衛星放送で放映している、アニメ『精霊の守り人』が素晴らしい。名作児童文学を原作に用いたアジアンファンタジーの大作である。

 監督は『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の神山健治。神山は原作をアウトラインでなぞりながら、巧みに解釈しなおし、換骨奪胎し、ひと味異なる味わいの作品に仕上げている。

 映像の美麗さ、脚本の完成度、いずれも文句なし。道を歩く人びとの所作や、何気ない風景のひとつひとつに、異世界がにじみ、それでいて淡い懐かしさを感じさせる。

 まだ物語は半ばにも達していないが、既に傑作の風格をただよわせた作品だ。

 で、こちらはその原作。アニメが終わるまで待つかどうか迷ったが、結局、第10話の時点で読み上げてしまった。読んでよかった。

 原作を読んでみると、アニメがどのように脚色しているかよくわかる。もちろん、その脚色も出色の原作があってこそ。たしかな筆致と、波乱万丈の物語に、読みふけるほどに深く、深く、沈んでいく自分を感じた。小説を読む快楽である。

 少年少女向けの児童文学で、主人公に三十路の女性を据える着想が、まず秀逸である。

 諸国を放浪する女用心棒バルサは、あるとき偶然にも某国の皇子を助け出す。その皇子チャグムは、体内に妖しい精霊の卵を宿したことから帝に忌まれ、命をねらわれていた。

 チャグムの母からその身を託されたバルサは、さまざまに策謀をめぐらしながら、決死の逃避行を開始する。

 彼女の行く手に立ちはだかるのは、帝直属の「狩人」たち、そしてチャグムのからだの卵を狙う「卵食い」と呼ばれる怪物であった。正体不明の暗殺者や、超常の怪物をあいてどって、バルサの死闘が始まる!

 一方、突然に世間の荒波に放り出されることになったチャグムも、少しずつ成長していく。

 それまで無心に受け入れていた創世神話の裏側を知り、国家組織の暗部を知り、ひとの心の裏表を知ることによって、チャグムの世界はひろがっていく。

 なかでも、いままでのかれが知るはずもなかったもの、それは哀れみの心であった。

 あるとき、チャグムはバルサの口から彼女の過去を聞かされる。その昔、この屈強な女用心棒がまだ幼い少女だった頃、養父ジグロに守られ放浪した話を。

 それは、いまのチャグムよりもっと悲惨な、もっと壮絶な物語であった。そのとき、かれの心に激しい憐憫が沸き起こる。

 チャグムは、ふいに、心の底からバルサをあわれに思った。そして、自分がそんな気持ちをいだいたことに、おどろいた。こんなにも強いバルサ――どんな武人もかなわぬ、鬼神のように強いバルサをあわれに思うなんて……。
 だが、いまのバルサの横顔には、望みもしないひどい運命になぶられ、傷ついた、幼い娘の影がみえた。運命にほんろうされる苦しみをしるまえのチャグムだったら、けっしてみえなかっただろうものが、いまのチャグムには、たまらなくせつなく、みとおせたのだった。

 チャグムはひとが皆、過去を抱えて生きていることを知ったのだ。

 自分以外のひとにもそのひとなりの苦しみと、悲しみがあることを知り、そしてそのことを哀れに思う、そういう心を知ったのだった。

 このとき、チャグムの心に沸き起こった「たまらなくせつない」想い、それこそは宮中に閉じこもっていては知るすべのないものだっただろう。

 そして、バルサとともに辛く、長い逃避行をくりひろげるなかで、この世間知らずの第二皇子は、ひとりの勇敢な少年へ生まれ変わっていく。

 しかし、そのあいだにも卵はチャグムのなかで育ちつづけていた。

 自分のからだに産みつけられた、この忌まわしい精霊の卵! それこそ、チャグムにとって、わが身に降りかかった理不尽な運命そのものである。

 それさえなければ、かれは何事もなく皇子として暮らしていけたはずであった。それさえなければ、父である帝に命をねらわれることもなかったはずであった。

 いったいチャグムにこの卵を守るべきどんな理由があるだろう? かれがこの卵を見捨てたとしても、だれに咎める権利があるだろうか? そう、チャグムにこそ、卵を憎む理由があるはずだ。

 しかし、いまや少年は、ありし日の幼い皇子ではない。運命に翻弄される苦しみを知った。ひとの心に沸き立つ悲しみを知った。そして、人びとの献身のありがたさを知ったのだった。

 バルサは金でやとわれた用心棒である。本来、チャグムを守り通す義理はない。いつ見捨てて逃げるのも勝手なはずだ。それなのに、彼女は見捨てはしなかった。己の身にも優先して、チャグムを守り通してくれたのだった。

 かつてのチャグムなら、あたりまえのことと思ったかもしれない。しかし、かれは変わった。

 いまのかれには、バルサもまた、自分の人生を生きる権利をもっていることが、骨身に染みてわかっている。そして、自分のためにその権利を捨ててたたかってくれたことの意味もまた、心底わかっているのだった。

 かつて、ジグロはその命を懸けてバルサを守った。そしていま、バルサはチャグムを守ってくれている。それならば、チャグムにも卵を守る理由があるはずであった。

 いまだ生まれてすらいない無垢な魂! バルサがかれを守ってくれたように、いまこそこの命を守るのだ。

 精霊の守り人

 あの、あどけない目をした皇子はもういない。いまのチャグムは、生きることの透明な悲しみを、身に染みて知ったひとりの少年である。自分より弱く、はかない命のために、その身をささげた守り人である。

 そして少年はひとり、「卵食い」と対決する。国のためでなく、民のためでなく、もはやわが身のためですらなく、この小さな命を守るために。それだけのために。

 その光景を「見て」、ぼくは深いため息をつく。心からこの少年を好きになった自分を見つける。たぶん、このため息こそ、読むに足りる物語を読んだ証なのだろう。

 秀作である。ご一読をお奨めする。