天才作家にだまされた話。


 昨日の記事のコメント欄で、id:trivialさんが国枝史郎の名前を挙げている。

 明治から昭和にかけて活躍した伝奇作家で、たぶん日本の大衆小説の歴史でも、最もめちゃくちゃな小説を書いたひとなのではないかと思う。どこがめちゃくちゃなのか。何もかもめちゃくちゃなのである。

 その超個性的な作風について語りたいのは山々だが、とても簡潔に説明できそうもないので、いずれあらためて書くことにしよう。

 そういえば、ガガガ文庫でこのひとの作品を翻案する計画があるようである。無謀だなあ。まあ、でも、夢野久作あたりに比べればライトノベル的といえないこともないか。

 さて、この国枝さん、とんでもなく奔放な空想力が売りの作家なのだが、一説によるとその秘密はかれがわずらったバセドー病にあるという。

 少なくとも本人はそう信じていたらしく、こんな言葉を遺している。

 私は私の病気を、祝福したいやうな時もあつた。「空想」が奔馳して来るからであつた。本来私といふ人間は、空想的の人間であつた。空想には不自由しなかつた。それが病気になつて以来、その量が一層増したらしい。空で行われてゐるエーテルの建築! それを破壊する電子の群! そんなものが私には、「見える」のであつた。

 おお、そうか、バセドー病になると空想力が増すのか。エーテルの建築が見えるのか。それなら病気も悪くないかもなあ。

 この文章を初めて読んだとき、少年のぼくは素直にそう感心したものである。ところが、それから数年後、ぼくは病気でたおれて入院することになった。奇しくもバセドー病であった。

 身動きもならないからだを病院のベッドに横たえながら、つくづくこう思ったことはいうまでもない。ぜんぜん空想力増えないじゃん! 国枝史郎の嘘つき!

 やっぱり生まれつき天才じゃないとだめなのかなあ。ちなみに、バセドー病の薬はいまも飲んでいる。