長谷川千雨とキョンは似ていると思う。


 以前から思っていたことだけれど、『魔法先生ネギま!』の長谷川千雨は『涼宮ハルヒの憂鬱』のキョンとよく似ていると思う。

 もちろん、外見が似ているとか、役回りが似ているということことじゃない。ただ、その行動原理がそっくりだと思うのです。

 千雨は非常に聡明な少女です。たぶん、ネギのクラスのなかでも超鈴音に次ぐくらい頭が良いでしょう。

 ここでいう聡明さとは、学校成績とは関係ありません。作中の設定によると、千雨は、それから綾瀬夕映も、成績はそれほど良くないらしい。

 しかし、そもそも彼女たちは成績をあげることにそれほど興味がないと思うんです。なまじ能力が高いために、ひとから教えてもらうことに興味がもてない、そういう人間は実在します。

 ただ才能で比べるなら、たとえば葉加瀬は千雨より遥かに上かもしれない。しかし、彼女の能力はあくまでスペシャリストとしての能力です。

 自分の専門分野にかんしては高い能力をそなえていても、その資質をどう社会で活かすかということにはかならずしも興味がないように見える。

 これに対して、千雨は社会の仕組みの裏側を見抜くシニカルな知性をそなえている。しかし、まさにそうであるからこそ、彼女には先を読まず状況に飛びこむ行動力が欠けています。

 明日菜が極寒の環境で必死に生きのびようとあがいているのと同じ頃、冷房の効いた部屋で情報をいじる千雨が、「むなしい……」と落ちこむ場面は象徴的です。

 明日菜は彼女ほど賢くはないけれど、そのぶん行動力がある。何も考えず状況に飛び込んであとから何とかしてしまう力強さがある。

 それに対し千雨はなまじ聡明なだけに、リスキーな行動を取ることができない。行動するまえに結果が見えてしまうんでしょうね。

 そこがキョンとよく似ていると思うわけです。キョンハルヒに巻き込まれることによってのみ、物語に参加することができる。

 そして、千雨にしろ、キョンにしろ、本当は非日常性への渇望をそなえていながら、口ではそのことを否定するわけです。

 千雨は口ではファンタジーを否定し、日常性のなかにこそ自分の居場所があると主張する。でも、本当はネギま部にさそってほしいと思うんですよね(笑)。

 彼女はもう仮想空間で情報をもてあそぶことのむなしさに気づいてしまったんだから。一度でも極限の密度のなかで能力を発揮する快感を知ってしまったら、もうぬるま湯の日常に戻ることはできない。

 いくら情報をいじって自分の評価を上げることはできても、どこか、むなしい。ここらへんの描きこみはさすがですね。

 はじめ、ハルヒにまき込まれるかたちで物語に参加していたキョンも、いつのまにか自分で物語のなかへ飛びこんでいくようになります。

 はたして千雨はこの先どう変わっていくのでしょうか。何だかんだいってもさいごには明日菜たちに連れて行かれることになると思うんだけれど(笑)、千雨にとってもそれがしあわせなんじゃないかな、と思うわけです。

魔法先生ネギま!(18) (講談社コミックス)

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涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)

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