『月光スイッチ』

月光スイッチ

月光スイッチ

「気が弱くておとなしい子だけど、ハナと暮らしてるとね、この子がいてくれてよかったと思うの。ひとりじゃ生きてこられなかったかもしれない。本当に辛いこともあったし、ひどい目にもあったけど、ハナがいると思うと頑張れた。馬鹿みたいよね。ただの母性本能ってわかってるのよ。扇風機と同じ。スイッチを入れたら、くるくる羽根がまわるだけ。それでも本当に本当にあの子が大事」

 橋本紡の新刊。

 せっかく読んだのだけれど、特に書くことがないなあ。あいかわらず水準以上の出来ではあるものの、ふしぎと心にのこらない。いくらなんでも筋立てが凡庸過ぎるのではないか。

 橋本作品に物語的な波乱万丈をもとめているわけではないけれど、さすがにこの展開は陳腐に思える。

 今回の主人公は30歳を控えた女性。彼女は少し年上の「セイちゃん」と不倫の恋をつづけている。妊娠したセイちゃんの奥さんが実家に帰ったことをきっかけに、かれが管理するマンションで「新婚生活」をはじめるものの、やがて破局の時が訪れる……。

 さわやかな青春恋愛小説だった『青空ヒッチハイカー』から一転しての生臭いテーマだが、すこしも不潔さがただよわないのはさすが。

 このひと、男性作家の癖にどうしてこう女性一人称がうまいんだろ。とにかく抜群に文章がこなれているので、すらすら読めてしまう。同じ日本語を、同じように使う、そのどこでこれほどの差が生まれるのか、本当にふしぎだ。

 少しも華美なところのない淡々とした文章なのだけれど、ほのかになまめきをただよわせていて、心地良い。基本的には小学生でも読めるくらい平明なのに、所々、ハッとするような表現が混ざっていることも、力量を感じさせる。

 ぼくは現役作家のなかでは、このひとの文体がいちばん好きかもしれない。ぼくもこんな文章を書いてみたいなあ。

 ただ、その文体で綴られるお話がいまひとつ。あっさりと読めはするものの、最初から最後まで予定調和と自業自得の話ばかり続くのは少し辛い。話が不倫ものの典型にきれいに収まってしまって、この小説の特異性というものが見当たらないのだ。

 ほかのことでは冷静なのに、恋愛沙汰となるとわれを失ってしまう「わたし」も、いいかげんだけれどどこか憎めないセイちゃんも、よく描けているとは思う。ただ、それはあくまで読者がよく知っている類型としてよく描けているということに過ぎない。

 間違えていると知りながら、ぼろぼるになると知りながら、じっさいにぼろぼろになるまでやめられない恋。たしかにそういうものはあると思うし、その恋から離れられない「わたし」の心理はよく理解できる。

 しかし、泣きたくなるような切実な感情は、ここにはない。リアルで、身近で、説教くさくなく、またいやらしくも下品にもならない巧みな小説ではあるが、それだけなのだ。

 橋本紡ならもっと深いところまでもぐれるはずだと思う。

 不安感からか、罪悪感からか、押入れでしかねむれなくなってしまう「わたし」の姿は、ライトノベル時代の『毛布おばけと金曜日の階段』を思い出させる。

 わずか5年前の作品ではあるが、あの頃と比べて橋本紡の表現技術は格段に進歩している。しかし、小説には、やはり、ただ技術だけでは足りないのではないか。

 何か魔法のプラスアルファが必要で、それこそもっとも手に入れがたいものなのだ。