谷川流ファンは幸福である。


 しかしまあ、発売日が1、2ヶ月ずれた程度で騒ぎたてる谷川流ファンの狭量なことよ。

 特に名を秘す歴史作家Y・Tのファンは、そもそも発売日に本が出ることなど期待しない。何かの間違いで予告どおりに発売されると、悪いことが起こる兆しではないかと心配する。

 年1回出るはずだったシリーズの新刊が15年も途絶えていても、その態度は泰然自若、少しもあわてることがない。かれの頭には、かのモンテ・クリスト伯がのこした言葉が鳴り響いているからである。「待て! そして希望せよ!」。

 シリーズの途中で書き手が変わっても笑って許す。よくあることだ。中断したシリーズを無視して新作が出ても気にも留めない。かれにも書きたいものがあるのだろう。

 だれか若い者が「昔は『銀英伝』が年に3冊出た年もあったのに……」などと洩らすと、口に出しては何もいわず、ただ冷たい視線を向ける。何もわかっていない若僧め。

 発売予定日から数ヶ月ないし数年経ってついに新刊が発売されると、読書用と保存用に2冊購入する。

 そして地下のワインセラーに保存しておいた極上の一本を取り出し、おもむろにグラスに注いで、床に投げ打つのである。「プロートジット! 予定通りの新刊に!」。それからむさぼるように読みはじめる。

 そうやってY・Tのファンは悠久の歳月を耐え忍ぶ。偉い。偉すぎる。読者の鑑。また、特に名を秘すSF作家K・Hのファンは……。