『三剣物語』

 その昔、九つの大陸は海に浮かび、大地はゆたかで、都市は炎に守られていた。しかし、ある時、人びとは過ちを冒し、世界を火の球で包んでしまった。

 炎と、水と、大地を司る精霊王たちはその悲劇を嘆き、人びとから精霊の力を奪った。こうして、九大陸は海を失い、虚空に浮かぶことになったのである。

 ただ一人、風の精霊王だけがひとを擁護し、それ故に人類は絶滅を免れた。

 また、ほかの精霊王たちも完全にひとを見放したわけではなかった。その証拠に、九大陸には時折り、精霊の力を秘めたこどもたちが生まれてくる。

 かれらはそれぞれ〈炎の子〉、〈水の子〉、〈大地の子〉と呼ばれ、この三者がそれぞれの精霊王から〈炎の剣〉、〈水の剣〉、〈大地の剣〉を与えられたとき、世界はふたたび古の姿を取り戻すといわれていた。

 そして今生、三人の精霊の子たちはあいついで生まれてきた。燃えるような赤毛の〈炎の子〉、その名はセネリオ。かれは〈水の子〉オルファリアや、〈大地の子〉ルオーとともに世界救済を志す。

 ところが、ある日、かれらが住む浮遊島を襲撃した〈魔王子〉ウルディーンによってほかの二人の精霊の子はたおされ、セネリオはただひとり、ウルディーンと相打つことになるのだった。

 はたして世界に変容の時は訪れるのか? 後世、伝説に謡われる物語が、いま、始まる――。

 ひかわ玲子の『三剣物語』はぼくが中学生の頃、愛読していたヒロイックファンタジー小説である。ひさしぶりに頁をひらいてみたが、やはりおもしろかった。

 歴史に名をのこす傑作というわけではないが、個人的には非常に好きな作品だ。シンプルなプロットと設定がこの場合は功を奏している、と思う。おそらく、ひかわ玲子の全長編のなかでも、最も完成度の高い作品だろう。

 もっとも、いま読めば、その構想に於いても、文章力に於いても、想像力に於いても、それほど秀でた作品とはいえないこともわかる。

 たとえばタニス・リーあたりと比べて、ひかわの生み出す物語は、それほど傑出したものとはいえない。

 それでも、ぼくはどこかこの小説が好きである。それは畢竟、非日常性への憧れなのだろうと思う。

 この小説には、凡庸な人物はほとんど出てこない。主人公のセネリオにしても、〈水の子〉オルファリア、〈大地の子〉ルオーにしても、決して並大抵の少年少女ではない。精霊に愛され、選び抜かれた運命のこどもたちである。

 そんなヒーローたちが、空に浮かんだ大陸を舞台に、世界の命運を賭けてたたかう――最近ではもう流行らないかもしれないが、やはり冒険小説にはこのくらいの気概がほしいところだ。

 自分で体験できることなら、あえて物語で読む必要はないとぼくは思う。自分の手が永遠にとどかない人びと、世界、それをこそぼくは物語に見出したい。

 歳を取り、少しは分別を身につけても、異邦と冒険活劇への憧憬は消えない。またこういう小説を読みたいな。