『龍の館の秘密』

龍の館の秘密 (創元推理文庫)

龍の館の秘密 (創元推理文庫)

「すごく、うれしかったわ」
 そういいながら、わたしは両手を伸ばし、ケンゾウを抱き上げた。
「頭がよくって、勇敢で。本当に……ありがとう。ものすごく、うれしかった。大好きよ」

 探偵小説とは、様式美の文学である。

 その妖しい殺人芸術の世界は、いくつもの現実離れした様式によって成り立っている。

 たとえば、名探偵、密室殺人、ミッシング・リンクダイイング・メッセージ、顔のない死体、吹雪の山荘や絶海の孤島、そして、怪しげな洋館。

 この場合、和風家屋ではなく洋館である点が重要だ。何故なら、探偵小説における洋館とは、たんなる一建築物ではなく、平凡な現実世界から隔絶した一種の異郷なのだから。

 異郷である以上、可能なかぎり日常とは乖離していることが望ましい。横溝正史の「本陣殺人事件」のようなすぐれた例外はいくらでもあるにせよ、やはり推理小説には和風建築より洋館が似合うと思う。

 そして、多くの場合、その館にはたがいに憎みあうエキセントリックな人びとが住み、その憎悪と反感が頂点に達するとき、殺人事件が起こるのである。

 本書『龍の館の秘密』にもひとつのなぞめいた洋館が登場する。いまは亡き天才画家によって建築されたその洋館には、あらゆる処に龍を用いたトリックアートが配されている。

 行方不明の父親をさがすため日夜アルバイトに励む倉西美南は、ある仕事に絡んでその屋敷を訪れ、そして殺人事件に遭遇する。

 すぐに容疑者の名前が挙がり、警察に逮捕されたのだが、ひとつの奇妙な事実があきらかになる。美南の証言を参考にすると、かれには犯行は不可能なはずだったのだ。

 しかし、かれのほかに犯行可能な条件を満たしている者はいない。真犯人はだれなのか? そして、どうやって犯行を行ったのか? ひとつのなぞが新たななぞを呼び、事態は混迷を深めていく。

 行く先々で事件が起こることは名探偵の宿命だが、美南はただの女子高生で、名探偵としてはまったく無能。自力でなぞを解けるはずもない。

 そこで登場してくるのが藤代修也、ふだんは意地悪だが時折り優しくなるという、ツンデレイケメン大学生である。

 美南たちより遅れて館にやって来た修也は、あっというまにトリックを見抜き、犯人の名前を告げるのだが、それは美南が望んだこたえではなかった。事件は二転三転しながら意外な方向へと向かう。

 結論を述べてしまうと、トリックそのものはなかなかスマートな物理トリックで、悪くないと思う。しかし、そこへ至るプロットは少しむりがある。

 このシリーズ、知り合いからアルバイトを引き受けた美南が、毎度予想外のトラブルに巻き込まれるというお約束なのだが、今回は仕事の内容があまり事件と関係してこない。

 舞台を京都へ移すための展開も強引だし、そこでたまたま親友と会ってしまうあたりもやはり強引。むしろ巻末に収められた短篇「善人だらけの街」のほうが出来が良いと思う。

 わずか50ページ強の作品ながら、終盤までの展開がことごとく伏線となってひとつの結末になだれ込む佳作だ。書き下ろしのシリーズ第三作にもこの水準を期待したい。

 それにしても、この作品のラブコメ描写はちょっと気恥ずかしいなあ。ぼくがそう思うくらいだから、大人の男性はもっと恥ずかしいのではないだろうか。

 ライトノベルというより、少女小説の雰囲気である。まあ、きらいじゃないけどさ。