『SWAN SONG』プレイ日記 その3

SWAN SONG

SWAN SONG

 美しい。面白い、ではなく美しい。
 シナリオ、テキスト、グラフィック、音楽。全てにおいて非の打ち所がない、完成されたパッケージング。これだけの調和を保ったものは数える程度しか知らない。そしてあまりにも孤独だ。クリアした後、このゲームそのものが湖面に浮かぶ一羽の白鳥のような気がして、色々と欝入ってしまった。

 物語は続く。

 たえまなく粉雪が降りしきるなか、被災者キャンプの状況は悪化の一途を辿っていた。

 あの大地震からひと月以上が過ぎたというのに、いまだに救援が来る様子はなく、物資も窮乏しはじめる。

 食料にすら事欠きかねない状況のなかで、遂に自殺者が出る。

 確保した殺人者たちをどのように処遇するかを巡り、意見の対立が起こる。

 そして、山上に居をかまえる怪しい宗教団体との対立があらわになる。

 何もかもが、少しずつ、少しずつ、歪み、たわみ、きしみをあげて壊れていく。

 生きようとする懸命な努力も、仲間を守る情熱も、すべては雪の上に血を散らすのみ。

 いったい何処で何が狂ってしまったのか、それすらもわからぬまま、かすかにのこった希望のともし火は、絶望の闇のなかに呑みこまれようとしている。

 はたしてこの闇の果てに救済の光はあるのだろうか? 6人の若者たちはそれぞれに試練の時を迎えていた。

 それにしても、といまさらながらに思う。何と昏い物語なのだろう。

 世の中には、「鬱ゲー」といわれる作品が沢山ある。しかし、そのほとんどは、せいぜいが美少女が白血病に倒れる程度の代物だ。

 『SWAN SONG』は違う。ここであばき立てられているものは、平和なときには隠されていた暗い人間の本性である。

 突然のカタストロフィにより、法と秩序が崩れ去ったとき、それまでは善良な一市民として生きてきた人びとの仮面も砕け散る。

 そうして、あるものは殺人鬼となり、罪もない少女たちを連れこんでは殺す。またあるものは凶暴な正義感のうながすまま、たたかいの渦のなかにのめりこんでいく。

 何よりも救いがないことは、その狂気が、根底の部分では理性的な判断に則っていることだ。

 この極限状況下でひとを信用することは、致命的な結果を生みかねない。殺される前に殺すしかない。灼熱する頭脳にわずかにのこされた理性の声がそうささやく。

 しかし、いったん争いが始まってしまえば、そこから先に理性の出番はない。恐怖が憎悪を生み、憎悪が殺意を育む。血のようにどす黒い感情が意識を染め上げていく。

 それでいて、作品全体の雰囲気はあくまでも静かだ。

 ここにはたしかに狂気がある。しかし、あくまでも丁寧に順序を追って説明されるその感情は、ぼくらにも十分に納得し、共感できるものだ。そこが恐ろしい。

 同じ状況に置かれたとき、同じようにならないと断言できる者が、どれほどいるだろうか?

 先を読むほどに心が痛む。しかし、読まずにはいられない。そんな作品である。