『Y十M −柳生忍法帖−(6)』

「…沢庵流の真髄… おわかりでござろうか 十兵衛どの」
「いかにも 心魂に徹してござる」

 衆寡敵せず、という。

 少人数では多数の敵には敵わないというほどの意味である。およそ人間がかかわることなら、大抵のことにこの法則はあてはまるだろう。

 しかし、いま、ここに、「寡」を率いて「衆」を破ろうとする蛮勇の男がひとりある。

 その名は柳生十兵衛三厳。生まれながらにして剣の天才として知られ、実戦の腕前は父をもしのぐと噂される剣侠児。

 十兵衛は七人の可憐な女性たちを率い、会津の暴君加藤明成とその配下七本槍に立ち向かっていく。

 ゲームのルールはただひとつ。十兵衛本人は七本槍を手にかけてはならないということ。かれはあくまでサポート役であり、直接たたかうのは女たちでなければならないのだ。

 さて、これまで首尾よく七本槍のうち四人までを打ち倒した十兵衛一行の復讐劇は、いよいよ敵地会津へ舞台を移す。

 江戸では少数の手勢のほか身を守る盾もなかった明成だが、ここ会津では話が違う。生きのこった七本槍のほかにも、その数幾千という侍たちがかれの命ひとつで命を捨てるのだ。

 はたして十兵衛に衆寡敵する秘策はあるのか?

 ところが、その復讐戦の前に、思いもかけぬ障害があらわれる。用意周到な十兵衛ですら想像できなかったその困難とは? それは読んでのお楽しみ。

 また、この巻では「女人袈裟」なるとんでもないアイディアも登場し、読者を圧倒する。

 ほとんど失笑するほどばかばかしい光景なのだが、その「防御力」は完全無欠。荒唐無稽な展開が、完璧な論理性に裏打ちされているあたりが風太郎流である。

 こういうありえないアイディアもきちんと絵にするせがわまさきは偉いよなあ。

 風太忍法帖全体を、戦後娯楽小説における大山脈とするなら、柳生十兵衛を主人公とする三部作は、その最高峰にあたるだろう。

 そのなかでも、『柳生忍法帖』と『魔界転生』の二作は、掛け値なしに最高傑作と呼ぶに値する。

 この第六巻で、『Y十M』は偉大な原作のちょうど半分まで消化した。

 物語が本当におもしろくなってくるのはこれから。ここまでは女たちのサポート役に徹してきた十兵衛が、いよいよ表に出て活躍する。

 新人物として七本槍の首魁芦名銅伯、そして明成の愛妾おゆらが登場し、物語はさらに危険な領域へと加速していく。

 実はこのおゆらこそがこの物語のメインヒロインだったりするのだが、せがわまさきは実によく彼女の妖しさを表現しきっていると思う。

 妖艶にして邪悪、それでいて可憐でもあり、清楚ですらあるこの魔性の美女は、これから先の物語に実に意外な展開をもたらすことになる。

 聖女でも、魔女でもなく、しかしてそのいずれでもある不思議なヒロイン。ここらへんの善悪を超えた女性像は風太郎一流のもので、まず戦後の男性作家では唯一無二と言っていいのではないだろうか。

 その登場が十兵衛たちにとって吉と出るか、凶と出るか、それは今後の物語を読んで確認していただくことにしよう。ここから先の展開は、まさに圧巻の連続である。

 凄いよ。