『涼宮ハルヒの消失』

涼宮ハルヒの消失 (角川スニーカー文庫)

涼宮ハルヒの消失 (角川スニーカー文庫)

「なんてこった」
 俺が狂ったのではないんだとしたら、ついに世界が狂ったのだ。
 誰がそれをした?
 ハルヒ、お前か?

 山がある。

 本の山である。

 いつかそのうち読もう、と思って入手したあげく、ページもひらかずに放り出した本が、ちょっとした小山になっているのだ。

 この本もそんな山のなかから発掘してきた一冊。ヒット作『涼宮ハルヒ』シリーズのなかでも、最高傑作の呼び名も高い第4弾、『涼宮ハルヒの消失』である。

 クリスマスを間近に控えたある日、いつもと同じように登校したキョンは、世界が昨日までとは違う姿に変わってしまったことに気づく。

 涼宮ハルヒがどこにも見当たらないのである。

 クラスメイトに訊ねてみても、だれ一人として彼女のことを憶えていなかった。

 そして、ハルヒのかわりにハルヒの席に座っているのは、以前、かれを殺そうとしたこともある少女、浅倉涼子。長門有希に敗れて消えてしまったはずの彼女がなぜここに? 

 しかも、SOS団のメンバーをさがし出しても、だれひとりとしてハルヒのことを憶えていなかった。

 はたして、自分は狂ってしまったのか? それとも世界のほうが発狂したのか? めずらしく積極的なキョンの冒険が始まる。

 始まるのだが、何しろ250ページしかない話のこと、わりとすぐに手がかりが見つかる。

 ここらへん、物足りないといえば物足りない。しかし、ライトノベルだし、「ハルヒ」だし、こんなものでしょう。

 たしかに自分が会って話したはずの女のことを、だれもが知らないという、この不安。ウィリアム・アイリッシュの『幻の女』のパターンですね。

 また、後半ではタイムスリップして過去に戻るため、時間が錯綜し、それまでの物語を別の角度から見るという展開が待ち受けています。こちらはさしずめ、『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』。

 はたしてキョンは平穏な日常を突き崩し、ちっとも平穏じゃない非日常を取り戻すことができるのか? サスペンスは盛り上がる。

 それにしても、軽い小説である。中身も軽ければ、作中人物も軽い。1日あればシリーズ全巻を読み通せるような気がする。

 たとえば、ジョージ・R・R・マーティンの『氷と炎の歌』などは、この小説に比べ、何十倍も重厚である。風景描写から人物描写まで、その叙述は緻密をきわめている。

 でも、ぼくの場合、この『氷と炎の歌』の人物には萌えないんだよね。シェイクスピア劇の人物に萌えないのと同じように萌えない。

 あまりにも存在感がリアルすぎて「このキャラ、大好き!」という方向には行かないのだ。

 それに比べ、『ハルヒ』の人物描写は、薄いといえば薄いが、とにかく輪郭がはっきりしているので好感を抱きやすい。

 もちろん、小説家は人間性の真実を生々しくえがくべし、という価値観から見れば、こんな小説は落第点もいいところだろう。でも、ライトノベルとしては、たぶんこのやり方が正しいのだ。

 まあ、つまり、何がいいたいのかというと、長門かわいいよ長門、ということ。

 でも、主役のキョンはアニメに比べてかわいくない気がする。たぶん、一人称小説だからだろう。一人称でしゃべる視点人物に萌えることはむずかしい。