『猫目石(上)(下)』

猫目石〈上〉 (角川文庫)

猫目石〈上〉 (角川文庫)

猫目石〈下〉 (角川文庫)

猫目石〈下〉 (角川文庫)

「ぼくはあの炎のようなシンデレラの、魔法つかいのお婆さんになりたかったのです。おかしいですか――おかしいですね」

 きのう、チャットで話題にあがったので、かるく紹介しておく。

 作家栗本薫が、処女長篇『ぼくらの時代』から書きつづける栗本薫ものの一作である。

 そして、それと同時に、『絃の聖域』、『優しい密室』、『鬼面の研究』につらなる、名探偵伊集院大介ものの長篇でもある。

 エルキュール・ポワロとミス・マープルにもたとうべき、ふたりの名探偵の邂逅、対決、それが本作の趣向であった。

 しかし、蓋をあけてみるまでもなく、はじめから勝負になるはずもない対決であったというべきだろう。

 推理と懐疑の申し子、生まれながらの名探偵である大介に比べ、薫は余りにも幼く、ひとを疑うことをしらぬ青年である。

 既に二十代も半ばを過ぎたとはいえ、そして少しは露悪的な態度をまとうことを憶えたとはいえ、その魂は少年の潔癖をうしなってはいない。いざ推理対決ということになれば、薫が大介の上を行けようはずもないのだ。

 しかし、それでいて、この物語の主役はいずれかといえば、それは薫のほうなのである。

 この小説は、いかにもあかあかと血に彩られた殺人オペラであると同時に、魂の双子ともいうべきひと組の恋びとたちの、運命の恋の物語でもある。

 その悲痛な恋情は、初めて読んでから十余年が過ぎるいまも、ぼくの胸に鮮やかな瑕をのこしている。

 いささか頼りなくはあるものの、ヒーローの役をつとめるのは薫。そして、ヒロイン役を演じるのは、日本じゅうの視線を一身に集めるシンデレラ・アイドル、朝吹麻衣子。

 かぜ薫る夏の軽井沢を舞台に、あやしげな交霊術、いがみあう家族、そして、積み重なってゆくしかばね、と、お約束の小道具はそろっていく。

 そんななか、あたかも自然の摂理のように惹かれあう薫と麻衣子は、神のようにすべてを見抜く伊集院大介を向こうにまわして、運命からの逃避行を企てる。

 しかし、運命のいたずらなその手は、意外なやりかたでかれらをはげしく翻弄してゆくのだった。その酷烈!

 猫目石

 すべてのものがたりが幕を閉じ、ようやくそのことばの意味があかされるとき、読者は初めて真相を知り、その果てに、ひとりの、くらやみにつながれた少女の瞋恚を見るだろう。

 猫目石

 キャッツアイとよばれるその宝石の煌きが、物語全体を照らし出し、うら若い恋びとたちの暗い宿命をあばきたてる。

 猫目石

 その炎にも似たかがやきに惹かれた大介は、名探偵としての誇りをかけ、薫と麻衣子を悪鬼の魔手から救い出そうとする。

 薫、麻衣子、大介、三者三様の思いがひとつにあわさるとき、そのさきに待ち受けているものは、ささやかな、祝福をしらぬハッピーエンドである。

 しかし、運命の、つまり作者の手は、そこからさらにかれらを翻弄する。あの、あの劇的なエピローグ! それまでのすべてを反転させる予想外の展開がそこには待ち受けている。

 いわゆるひとのいう本格の、論理を突き詰めた傑作ではないが、しかし一本の恋愛小説として見てこれほど哀切な作品はかず少ない。

 全盛期栗本薫、貫禄の一作である。おもしろいよ。