不倫の本である。

 ネット上における人生相談をまとめたかたちで、さまざまな人間模様を覗き見できる。

 質問は「いま、不倫の恋にのめりこんでいます」とか、「家族がいるのに、やめられないんです」とか、「不倫をやめる勇気がほしいんです」といったものばかりで、それに対して、回答者がときに無責任に、ときに真剣に答えている。

 おたがい、じっさいには知り合うことがない関係だからこそ、赤裸々の本音をもらすことができるのだろう。

 愛と金とセックスが入り混じる濃密な人生相談が続いている。まあ、その生々しいこと。

 この程度のことで「小説よりも奇なり」とは思わないけれど、人生にはいくつもの落とし穴があいているものだなあ、としみじみ考えさせられる。

 男と生まれてきたからには、ベッドで紫煙をくゆらせながら別れ話でも切り出して、あいての女性に刺されるくらいのことは経験してみたい気もするが、じっさいには機会がないだろうなあ。寂しい人生だな。

 さて、「不倫」という言葉はそのまま、社会がこの恋のかたちを認めていないことを意味している。

 世間一般のあたりまえの倫理から逸脱しているからこそ不倫なのである。

 とはいえ、泥沼とは知ってはいても、のめり込んでしまうからこその人間である。

 あいてに妻子があると知らずに付き合いはじめたひともいるだろう。また、不倫と知りながら、どうしようもなく好きになってしまったひともいるだろう。あるいは、金のためにつきあっているひともいるかもしれない。

 不倫の恋も、恋は恋。真っ白な「純愛」もあれば、どろどろとした「不純愛」もある。

 そう考えていくと、結局のところ、「不倫」とひと括りにされるものであっても、その実像は様々だというあたりまえの結論に落ち着きそうである。

 いずれにしろ、それは人間の自然な姿である。だれもが清廉潔白な恋をできるわけではない。

 あるひとつの恋愛スタイルを自然とし、別のスタイルを不自然とするのは家族制度の絶対性を過信した傲慢に過ぎないだろう。

 聖人君子の恋愛話など、おもしろくも何ともない。いくつになっても色と情を捨てきれない愚かな人間の姿にこそ、共感が湧くというものである。

 ただ、そんな不倫の内実を知りたいと思う心は、いかにも下世話なものといえそうだ。

 わざわざこういう本を読んでしまうのは、つまりまあ、ぼくが下世話な人間だからなのだろうなあ。

 大物芸能人の「熱愛発覚」とやらには何の興味もないが、こうしたふつうの人々のふつうの恋愛には、不思議と興味が湧く。

 いったい皆はどのようにして恋愛しているのだろう? この本にはそのいくつかのケースが収められている。

 ただし、もうひとついえることは、これは不倫の当事者の話に過ぎないということだ。当事者は、どのような目に遭っても自業自得といえばそれまでだ。しかし、その家族、特に子供はどうだろう?

 かれらには何の責任もない。すべてを捨てて色情にのめりこむのもいいが、ときには後ろを振りかえることも必要かもしれない。

 という意見が回答の大半であるが、わかっていてもやめられないんだろうな、きっと。

 以下、「本が好き!」のリンクキット。


助けて!いけない恋にハマッてます −ネットだから聞けた不倫の新常識−

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