女子高生、リフトオフ!―ロケットガール〈1〉 (富士見ファンタジア文庫)

女子高生、リフトオフ!―ロケットガール〈1〉 (富士見ファンタジア文庫)

天使は結果オーライ―ロケットガール〈2〉 (富士見ファンタジア文庫)

天使は結果オーライ―ロケットガール〈2〉 (富士見ファンタジア文庫)

私と月につきあって―ロケットガール〈3〉 (富士見ファンタジア文庫)

私と月につきあって―ロケットガール〈3〉 (富士見ファンタジア文庫)

『ゆかり、私は知らせたい』
「え?」
『ここに泉がある。ここが宇宙への掛け橋だと。水を電気分解すれば、燃料が作れる。燃料は簡単にLEOまで運べる。もうアリアンVを連結しなくても月と往復できる。鉄もアルミもチタンもシリコンもダイヤモンドもコンクリートも食料も、すべて月でまかなえる。永住できる都市ができる。そして月は、あらゆる世界への出発ゲートになる』
 ソランジュは話し続けた。
『けれど地球が何も知らずにいたら。このミッションが失敗したら、アリアンは月から手を引くでしょう。中国の採掘ロボットだってどうなるかわからない。そしたら次に誰かがここに来るのはいつ? 人類がこのまま地球の資源を食い潰して身動きできなくなるまえに、最初のステップを踏まないとだめ。だから地球に知らせないと。それさえできれば、ゆかり、私は――』
 こういう時、言ってはならないことを、ソランジュは明瞭に発音した。
『私は、死んでもいい』

 アニメ化が決定している『ロケットガール』三部作の原作。

 何年か前に富士見ファンタジア文庫から出版され、あっというまに絶版となり、そのあと長いあいだ幻の作品と化していた小説であるが、この機会にようやく復刊された。めでたい。

 じっさい、埋もれさせておくには惜しい小説であることは間違いない。

 何しろ、小中学生を主要読者層とするライトノベルの世界で、ハードな工学SFを貫いて見せた奇跡の作品である。

 物語は現役女子高生の森田ゆかりが、父を探してソロモン諸島のある島を訪れるところから始まる。その島には宇宙をめざすロケット基地が存在していた。

 ひょんなことからロケット基地の人びとと知りあったゆかりは、父親を探してもらう代わりにちょっとしたアルバイトを引き受けることにる。

 ちょっとしたアルバイト。それは史上最年少の宇宙パイロットだった。

 推力で劣るロケットエンジンを用いるため、ロケットに載せる重量は可能なかぎり削減する必要がある。

 そこで小柄で体重の軽いゆかりが選ばれたのだ。世界初の「ロケットガール」の誕生である!

 ま、「大人が痩せればいいじゃん」のひと言で崩壊してしまいかねない脆弱な設定ですが、この際、野暮は言いっこなし。

 その無理さえ乗り越えてしまえば、その先にはひたすらリアルな物語が待ち受けている――わけでもないけれど、まあ、とりあえず物理的に不可能なことは起こらない。

 超光速推進、なし。ワープエンジン、なし。異星人とのファースト・コンタクト、なし。その他SF的な大法螺はすべてなし。ひたすら「地に足のついた」物語が続く。

 もっとも、だからといって地味な作品かと思われては困る。たしかに派手なSF的ガジェットは登場しないが、その代わりわくわくするような夢と興奮が詰め込まれているのだ。

 やっぱりSFはこうでなくっちゃ、という飛び切りのセンス・オブ・ワンダーがここにある。

 平凡な一少女がある日宇宙飛行士になるというだけで胸躍るものがありますが、そこまではほんの助走段階。そこから野尻抱介の想像力は遥か宇宙へ向けて飛翔していく。

 『女子高生、リフトオフ!』も『天使は結果オーライ』もそれなりにおもしろいのですが、何と言っても興奮させられるのは三部作完結編『私と月につきあって!』のクライマックス。これは燃えるよ。

 この話で語られるのは、数十年にわたって中断していた人類の夢、月面飛行。アポロ以来の発見を成し遂げるため、ロケットガールたちが選ばれる。

 しかし、計画中にトラブルが続出、あげくの果てに、ゆかりたちは月面に取り残される。

 地上からのどんな助けもここには届かない。究極の絶望的状況だ。はたしてこの苦境を打破する方策はあるのだろうか?

 敵は数字と物理によって組み上げられた「冷たい方程式」。

 この方程式を打ち破り、たったふたりの少女を救うため、地球と宇宙でありとあらゆる方法が立案されては却下されていく。

 ここらへんは『アポロ13』的というか『プロジェクトX』的な興奮がある。

 ことここに至っては、努力も根性も役に立たない。ただ冷徹な物理法則を欺き通す完璧な作戦を立てるしかないのだ。

 そしてついに編み出される究極の奇策。この発想は本当に凄い。もちろんネタバレしてしまうわけにはいかないが、初めて読んだときにはそれはもう興奮した。

 まさか月から脱出するために×××××を使って××を××するとは!

 驚くべきは、この方法が純物理的には不可能ではないということである。単なる荒唐無稽なアイディアではないのだ。

 もちろん、そもそもこの奇策を可能とする条件が月にそろっているかどうかはわからない。しかし、夢のある話ではある。

 そう、この種の夢とロマンこそ、現代SFから失われてしまったものだろう。

 むしろ、あらゆる夢や幻想を叩き壊して回っているのが現代SFである。良くも悪くも無邪気に夢を見れる時代は終わってしまったようだ。

 しかし、野尻はそんな時代にも夢を見ようとする。時代遅れではあるかもしれないが、やっぱりきもちいいことは間違いない。

 現代SF復興のためには、何かしら希望が必要だよな、としみじみ思う。

 今月は野尻抱介数年ぶりの新刊『沈黙のフライバイ』が発売予定にあがっている。

 この機会に待望の新作長篇を物してもらいたいものだけれど、そこまで望むのは贅沢というものだろうか。

 できれば、『クレギオン』の続編もお願いしたいところなんですけどね。