クジラの彼

クジラの彼

「潜水艦乗りからすると世間の人って二種類に分かれるんだよね。潜水艦が『潜る』って言う人と『沈む』って言う人。素人さんは半々くらいの確率で『沈む』って言うんだけど、君は違うんだなって」
「え、だって」
 付け足された説明で更に訳がわからない。
「クジラが沈むとか言わないじゃない」

 有川浩の初短編集。

 ただの恋愛小説短篇集ならめずらしくはないが、その頭に「自衛隊」が付くところがこの作家らしい。収録作六篇のいずれもが何らかの形で軍隊と関係している。

 もっとも、だからといって堅苦しい内容ではない。むしろその反対で、これでもかというほど甘いラブロマンスが並んでいる。

 長篇ではまだSFが混じったりサスペンスが混じったりして薄められていたんだけれど、短篇は、もう、どうしようもないですね。

 ふつうの恋愛小説は文章の肌触りで勝負しているところがあるけれど、有川さんはあまり文章が巧くない。

 また、性の深淵だとか、微妙な心理表現だとか、恋のかけ引きといったものを描くことにも長けていない。というか、たぶんそういう要素に興味をもっていない。

 したがって、出来上がるものはいずれも砂糖いれすぎの紅茶みたいに甘ったるい直球のロマンス小説になる。これ、ちょっと大人が読むものじゃないよなあ。

 同じライトノベル出身作家でも、たとえば橋本紡はもっと「文藝的な」小説を書く。小説としてごく一般的な意味で上質の作品である。

 しかし、有川浩は違う。有川の短篇は、これはもう、恋愛小説というよりカップリング萌え小説に近い。とりあえず作者が楽しんで書いていることは伝わってくる。

 各作品とも雑誌掲載時に読んだときはさすがにどうなのかと思ったんだけれど、今回、完全に開き直ったあとがきを読んで考えが変わった。

 自覚して書いているならそれでいい。ぜひ、自分のやり方を貫いてもらいたい。自衛隊の未来はあなたにかかっている、かもしれない。

 収録作のうち、「クジラの彼」、「有能な彼女」、「ファイターパイロットの君」の三作は既刊の長篇『空の中』、『海の底』の番外編。

 ここらへんはもう、作者によるセルフ二次創作の世界である。『海の底』が大好きなぼくは「有能な彼女」をにやにやしながら読んだ。

 一作まるまる痴話喧嘩が続くという恐ろしい作品で、一本の小説として評価できるようなものではまったくないが、『海の底』の読者(で、軍事部分ではなく恋愛部分が好きだったひと)なら楽しめると思う。望たん、ハァハァ。

 それにしても、有川さん(注:女性)は気の強い小娘萌えのひとだなあ。あつかいづらくてめんどくさい女だけどでもふと見せる表情がかわいい、みたいなパターンが多すぎ。

 結果的に非常にツンデレの割合が多くなる。「ファイターパイロットの君」のヒロインは典型的なパターンで、ライトノベルならともかく、一般文藝の世界ではめったに見かけないキャラクターだと思う。まあ、いいけど。かわいいから。

 シリーズもの以外の白眉は「ロールアウト」あたりか。空自飛行機のトイレという着眼点が光っている。どうやってこんな内部情報を手にいれたのやら。対して、「国防レンアイ」あたりはふつうにいまいち。

 恥ずかしい小説を恥ずかしさに身悶えしながら読みたいひとにお奨めの一冊である。