「だからこそ、俺は……思うんだ。もっと行け、もっと飛べ。その翼をひろげてどこまでも飛べ。お前でさえ、いまに死ぬんだ。あと40年すりゃ、ずっと若者代表、ジャズドルみたいにいわれてた王子様のお前だって、ええと74だ。74かよ、参ったね……それで、時代がかわり、そりゃまた次のすげえ奴も出てくるんだろう。そうやって世界は続いていく――そして、お前みたいなサックスを吹いた奴、お前みたいな曲を書いた奴でさえ、死んで、忘れられてゆく――だが……」
「…………」
「だが、曲は残る……お前のプレイしたアルバムは残る……お前の思い出も残る……」

 それは、運命だったのだろうか。汚れた街の汚れた店で、ふたりの男は出逢ったのだった。

 ひとりはアルトサックスの天才奏者、わずか十九歳にしてその天稟を開花させつつあった青年、矢代俊介。

 そしていまひとりはその町の暴力団の幹部として、いくつもの人生を葬り去ってきた殺人者として、だれからも怖れられる四十絡みの男、滝川。

 本来なら交わるはずもないふたつの軌跡は、その場末のキャバレーを軸にして交わり、妖しい運命模様を編み上げていった。

 それから十六年、いまでは一流の音楽家になった矢代のもとに、またも滝川は姿をあらわす。そしてふたたびドラマの幕が上がる。

 本書『黄昏のローレライ』は、映画化もされた青春小説『キャバレー』の十六年ぶりの続編である。というか、じっさいに読んでみると『キャバレー』二部作の後編という印象が強い。

 ただ、『キャバレー』を読んでいなければ理解できないというものでもないので、一冊の独立した作品と考えてもらってもそれほど問題はないと思う。

 そもそも栗本の現代ものはどれも底のほうでつながっていて、たとえば本書に登場して印象的な台詞を吐く金井恭平は、『死はやさしく奪う』というべつの長篇の主人公である。

 『黄昏のローレライ』はかれが刑務所を出て来る辺りから始まるのだが、そこに至る経緯はこの本に書かれているらしい(ぼくは未読)。

 また、この本の前日譚にあたる作品が『流星のサドル』で(やはり未読)、後日譚にあたる作品が、名探偵伊集院大介ものでもある『身も心も』なのだとか(既読)。もちろん、これらの作品を知らなくても本書は問題なく読める。

 本作の主人公矢代俊介は生きた音楽の化身である。『キャバレー』の頃は若者らしく客気に流行っていたかれも、本作の頃には長い年月のなかで漂白されるようにして純粋な音楽の化身へと変わっている。

 ジャズの狭い世界のなかで、もっとも注目され、もっとも反感を集める孤高のミュージシャン。かれは日夜ジャズにその身をひたしながら生きている。

 本書にはジャズにかんする薀蓄と議論があふれている。解説もなくジャズ用語が飛び出し、延々とジャズ談義がくりひろげられる。

 しかし、ここで重要なのはジャズというジャンルではない。そうではなくて、音楽そのもの、芸術そのものこそが問題なのだ。

 芸術至上主義は栗本作品を貫く骨子のひとつである。その白眉は伊集院大介登場作『絃の聖域』だろう。

 が、個人的には歌舞伎ものの短篇「獅子」がとんでもなく素晴らしかったことが印象深い。あれは良かった。良かったなあ。

 栗本の世界にあって芸術家とは声なき衆生の代弁者である。地にうごめくけものたちに代わってひばりは鳴く。

 地上の思いはひばりにはとどかない。地上の人びとは、たとえば滝川は、うっとりとその声に聞き惚れるばかりなのだ。

 ある意味でその存在は残酷である。地上でどんな悲劇が起ころうとも、どんな地獄絵巻がくりひろげられようとも、ひばりは我関せずとばかりに歌いつづける。

 地上のあるものはそんなひばりを憎んで射落とそうとし、あるものはたぐいなきその声を守ろうとする。

 しかし、それすらもひばりにとってはかかわりないこと。ひばりはただ歌いつづける。その羽根が折れ、その声が枯れるまで。それがひばりに生まれたものの宿命なのだ。

 地上の汚れた人びとと、天上で鳴くひばり。不浄なるものと清浄なるもの。この対照こそが栗本の物語を駆動するダイナミズムである。

 この汚濁の世界では、だれもが汚れなければ生きていけない。妬み、嫉み、恨み、争い、裏切り、騙しあい。生きるということはありとあらゆる人間的な情念に身をけがしつづけるということだ。

 しかし、ひとは汚れれば汚れるほど清らかなもの、けがれないものをもとめる。それこそが聖なる赤子、ホーリー・チャイルドである。

 滝川にとっては矢代がそうだった。本書の結末で滝川が血に汚れた手で矢代に触れようとするその場面は印象的だ。その手は決して矢代までとどかない。とどいてはならないのだ。

 そのとき、ひとを脅し、ひとを跳ね除けて生きてきた男の胸に、「汚れつちまつた悲しみ」が迫る。その孤独、その哀切。

 そして流れる「レフト・アローン」。すべての嘆きも、悲しみも、感傷も吹き飛ばして、ひばりは歌う。ジャズを超えて、音楽を超えて、たからかに人間賛歌を歌い上げる。やがてその歌が悲しい人びとの心を癒していく。

 小説を読んでいて良かったと思う瞬間である。

キャバレー (ハルキ文庫)

キャバレー (ハルキ文庫)