『空色ヒッチハイカー』。

空色ヒッチハイカー (新潮文庫)

空色ヒッチハイカー (新潮文庫)

「星がきれいねえ」
「降ってきそうな星空って、こういうのを言うんだな」
「本当に手が届きそうね」
 杏子ちゃんは手をいっぱいに伸ばした。足も伸ばした。つま先立ちだった。けれど、その指先は、決して星には届かなかった。
 同じように、僕の指先だって届かないのだろう。

 のぼり調子の作家というものは、いるものだ。その時点での最新作がすなわち最高傑作になるような連中だ。

 ふつうはそんなことはありえない。たとえ成長するにしても、そう一直線にいくわけがない。進歩と退歩をくりかえしながら、少しずつ、高い山をのぼるようにして変わっていく。何にしろ、成長とはそういうものだろう。

 でも、なかには変り種がいる。何かのきっかけで秘密をつかんだかと思うと、生まれ変わったように素晴らしい作品を発表しつづける奴が。

 そういう作家は、一作ごと、一冊ごとに、見違えるように巧くなっていく。いまの橋本紡もそういう時期にあるのかもしれない。

 『空色ヒッチハイカー』は、橋本の最新作にして、おそらくは最高傑作である。とにかく、でたらめに巧くなっている。

 ある夏、18歳の彰二は、唐突に人生の目標を失う。東大生だった自慢の兄が消えてしまったのだ。あこがれそのものだったかれはもういない。このまま学業に打ち込むなんてできない。

 彰二は受験勉強を放り出し、兄のものだった1959年製キャデラックを修理して、九州へ向けて長い旅をはじめる。塗装しなおしたばかりのボディは、晴れわたった夏空の色。爽快な旅になるはずだった。

 ところが、途中で杏子という美女を拾ったあたりから、旅は予想外の方向へ転がりはじめる。

 彰二の前にいろいろな背景を背負ったヒッチハイカーが次つぎとあらわれるあたりも含めて、典型的なロードノベルである。

 免許ももっていない少年がレトロなキャデラックを乗りまわしていたり、あたりまえのようにかわいい女の子が乗り込んでくるご都合主義がきもちいい。

 わがままで自分勝手な杏子はいわゆるツンデレキャラ。彰二があっというまに彼女の下僕になってしまうあたり、出世作半分の月がのぼる空』を思い起こさせる。橋本さんはこの手のパターンが好きなのかもしれない。

 目標を見失った彰二と、現実から逃げだしたかった杏子。それぞれに悩みを抱えたふたりを乗せて、空色キャデラックは南へ、南へと進んでいく。

 その語り口のぞっとするようななめらかさが、作家の腕前の証拠である。本当にきれいなものはみなそうなのだ。どこにも継ぎ目が見当たらないくらいなめらかに連続している。

 このちょっとした冒険旅行に、やがて「お兄ちゃん」との思い出が重なっていく。何もかも完璧なお兄ちゃん。少年の日のファンダンゴ遊び。そして、夢のように目の前からいなくなってしまったあの日。

 お兄ちゃんを失って、いったいこれから何を目指して生きていけばいいのか? 将来について悩み、悩んだ、すべてのひとのためにこの小説はある。とびっきりキュートな青春恋愛小説の秀作である。

 どうも乙一もそちらへ進むらしいし、桜庭一樹森見登美彦もいるし、これからはちょっと変わった恋愛小説がおもしろい時代なのかなあ。注意しなければ。