北の湖理事長は「1強他弱の時代だから、横綱として当然の結果。大横綱とは周りが言うことで、回数は関係ない」。大鵬柏戸北の湖に輪島、千代の富士隆の里貴乃花は曙と、過去の4横綱には強烈なライバルがいた。常に独走優勝では、同列に評価できないという見解だ。

 朝青龍20回目の優勝にかんする記事。べつに朝青龍のファンではないが、これはどうかと思う。

 ひとりだけ圧倒的に強ければライバルが現れないのは当然のことであって、ライバルがいないから強いのではない。独走状態だから勝って当然、という言い方もおかしい気がする。勝ちつづけたからこそ独走状態になったのだ。

 仮に朝青龍が手をぬいてほかの力士と互角の取り組みを繰り広げたら、「ライバルに競り勝って優勝したのだから偉い」ということになるのだろうか。それなら、圧勝より辛勝のほうが評価されることになる。そんなばかな。

 朝青龍は稽古不足といわれるが、勝つために稽古するのであって、たくさん稽古していれば偉いわけではない。現実に勝ちつづけている人間を捕まえて稽古不足とか言ってもなあ。

 スポーツの世界にはときおりその世界のバランスを突き崩すほど圧倒的に強い王者が生まれることがある。F1のミハエル・シューマッハとか、競馬のディープインパクトとか。

 そういう存在は、その世界では偉大なチャンピオンとして称えられることが普通だ。相撲界では違うのだろうか。朝青龍はいったいどれくらい勝ったら大横綱として認めてもらえるのだろう……。