誤って消してしまった記事ですが、メールで送ってもらったので再掲載します。感謝、感謝。

 「もう一生男なんて信じない」。元ネタはここ

 きみの部屋には週2位の割合で夜中に遊びに行って、

 返るのは次の日の昼頃だったりした。

 眠くなったら安心してとなりで寝ることができた。

 きみと話すことはいつでもとても楽しかった。

 しばらく会わなかったときには、メールで「ねえ、私のこと覚えてる?忘れてないの?」

 なんて送ったこともあったっけ。

 彼氏にしたい人について本心を相談したこともあったね。親友だと思っていた。

 でも結局きみにとってわたしはただの安全パイの女だったんだね。

 きみに告白されたとき、「他に好きな人がいるの」、「きみの事は大事な友達のつもりだった」と言ったら、きみは裏切られた顔をした。

 くやしい。もう一生男友達なんていらない。興味もない。もう男との友情なんて信じない。

 視点を変えてみればこんな風だったかもしれないよ、というお話。

 id:crowserpentさんは太宰を例にあげているけれど、この場合、むしろオペラ『カルメン』が思い浮かびます。

 生真面目なドン・ホセは浮気なジプシー女カルメンに誘われてどこまでも堕ちていく。惚れるも地獄、惚れられるも地獄。

 まあ、横から見ているぶんには、そういった身を焦がすような恋のほうが、幼稚な「純愛」などよりだいぶおもしろいとは思います。見るだけで十分ですけどね。

 追記。はてブコメントより。

純愛の「幼稚さ」について少し説明が必要でないかなあ。あと、純愛とは全実存的闘争/逃走のひとつの形であって、けしてぬるいものではないですよ。

追記あり。なんでそこで純愛批判になるのかよく分かりません。

 批判していない。「そういった身を焦がすような恋」のほうが「幼稚な「純愛」」などよりおもしろいと書いているのであって、幼稚じゃない「純愛」、もしくは「純愛」一般については何も言っていない。日本語はむずかしい。

 まあ、これについては誤解されるのもしかたない書き方ですけど、ぼくもそう時間かけて書いているわけでもないので、いつも適切な表現を選べるとはかぎりません。疑問があったら適当に指摘してください。