らくえん ~あいかわらずなぼく。の場合~

らくえん ~あいかわらずなぼく。の場合~

「ちゃうねん。ちゃうねんって。最初、作画資料の写真探しとってんねんって。したら英語のリンクがあるやん? guy in the guysって。ゆーたら男の中の男や。漢の中の漢や。そんなん、アレの中のアレを想像するやんかー」
「男の中の男、でホモの挿入画像連想するようじゃ、人間として終わってますよ…………、みかさん」

 亜季ルートおよび美柴可憐ルート、クリア。現在、杏ルートの途中。おもしろい。めちゃくちゃおもしろい。

 もちろん、欠点はある。多々ある。可憐ルートクライマックスの展開はいくらなんでも唐突だろう。それまでの展開が地に足ついているだけに、この部分だけ極端に浮いている。また、絵柄にしても流行りのものではなく、ひと昔前のデザインという印象を受ける。

 システムにも問題があり、致命的というほどではないにしろ、多少使いづらさを感じる(セーヴ/ロードが重すぎる)。また、既読文章をスキップしているはずなのに、ときどき既に読んだはずの文章で止まることは困る。

 そのほかにも、細ごまとした難点を数えあげれば切りがない――のだが、困ったことに、事実としてこの作品はおもしろい。

 先日、ぼくはこの作品をTYPE-MOONの『Fate/stay night』に匹敵する傑作と持ち上げた。その意見を曲げるつもりはないが、全体としての完成度で見ると、やはり『Fate』とは比べるべくもないだろう。

 あの間口の広さ、洗練された演出、高度なエンターテインメント性はここにはない。恐ろしくひとを選ぶ、ひねくれた作品である。

 しかし、この作品にはすべての欠点を帳消しにして余りある長所がある。それはこの作品がとんでもなく爽やかな青春群像物語だということだ。

 はじめ、この物語は、ダメな上にもダメなオタクたちが集まるエロゲ製作企業を舞台にした、ライトなコメディであるように見える。

 物語の舞台ははみ出し者ばかりが集まった場末のエロゲ製作企業「ムーナス」。浪人生のくせにまるで勉強する気もない主人公は、そこに奇妙に居心地の良い空間を見出していく。

 ムーナスでの会話には、あたりまえのようにディープなオタクネタがまざっている。アニメやら漫画やらゲームやらの固有名詞が乱れ飛ぶあらしのようなセクハラトーク

 なるほど、このような会話はオタクにとって心地よいものだろう、とぼくも思う。しかし、それでは、この作品のよさはオタクにとって居心地の良いぬるま湯の世界を描いたところにあるのだな、と理解してしまうと、作品を過小評価することになる。

 じっさい、『らくえん』をそのように評しているひとは多いが、ぼくは違うと思う。というか、違う。

 たしかに社会からはみ出したオタクのクローズド・サークルを描いているという点で、『げんしけん』あたりと共通するところもなくはないだろう。

 しかし、『らくえん』には『げんしけん』と決定的に違うところがある。それはあくまでもムーナスは企業であり、ゲーム製作は仕事だということだ。

 とはいえ、そこら辺の境界のあいまいな業界のこと、純粋に仕事ともいいがたい。可憐ルートの終盤では、あきらかに仕事の域を逸脱する。この絶妙のバランスが『らくえん』を名作にしている。

 さて、続きを読まなくてはならないので、きょうはこれくらいでご勘弁。コンプリートしたら詳細な感想を書きます。