文化とはシームレスなものである、と書いた。

 もちろん、そこにはさまざまな区分がある。モーツァルトのオペラとJポップはべつのものだ。ルネサンスの彫刻とワンフェスで売っている美少女フィギュアはべつのものだ。しかし、個々の作品はそれらの区分を超えて影響を与えあっている。

 『ジョジョの奇妙な冒険』の荒木飛呂彦は、ゴーギャンの絵や西洋彫刻から影響を受けていると語っている(参照)。

 もしゴーギャンがいなければ、あの華麗な色使いはなかったかもしれない。もしギリシャ彫刻がなければ、カーズやディオは生まれなかったかもしれない。

 このように文化は数千年もの時と、数万キロの距離を越えて影響を与えあう。もちろん、そうやって生み出された荒木飛呂彦の作品も、次なる世代に多大な影響を与えている。その連鎖は、おそらく人類の歴史が続くかぎり続いていくことだろう。

 だから、ひとつの文化が終わりを告げたように見えても、嘆くことはない。その文化の同時代的な部分は時代の変遷とともに亡びるとしても、普遍的な部分は形を変えて生きのこっていくのだ。

 そう、あらゆる文化は同時代性と普遍性を併せ持つ。

 なかには、極端に同時代的な作品もある。同じ時代を生きた人間でなければまるで価値がわからないようなものだ。

 その一方、きわめて普遍的なものもある。古代ギリシャの彫刻やルネサンスの絵画はかなり高い普遍性をそなえているといっていいだろう。

 その時代の芸術家たちは現代とはまるで違う文明のなかに生きていた。かれらは飛行機も知らず、コンピュータも知らず、地球が太陽系の惑星であることも知らなかった。

 それにもかかわらず、いまなお、かれらの作品は美しい。印象的だ。かれらは美の最も本質的な部分を取り出して形にすることを知っていた。だからこそ、時代や価値観の変貌を越えるだけの強烈な普遍性をそなえることになったのだ。

 もちろん、そういった作品は一部で、99%までは時代の荒波を乗り越えられず、時の波間に消えていったのだが。

 オタク文化の話に戻ろう。「萌え」や「ツンデレ」といった怪しげな概念は、ごく最近に生み出されたものだ。こういった概念は、いかにも昨日今日生まれたポップなもののように見える。

 しかし、いままでそれをあらわす言葉がなかったということは、それが存在しなかったことを意味しない。

 たしかに、目が顔の面積の半分を占めるようなあの異様なデザインはごく最近に生まれたものだろう(それにしたって、少女漫画などの影響を受けているだろうし、その少女漫画もそれ以前の文化の影響を受けているのだが)。

 ただ、キャラクターの性格設定などは、必ずしも昨日今日生み出されたものではない。

 たとえば、山本周五郎の短篇「わたくしです物語」は、ぼくなどが見るとツンデレ落ち物ラブコメ以外の何物でもない(非常に良い話だし、おもしろいので、機会があればぜひ読んでみてください)。

 ただ、ここで取り上げたいのは香港の武侠小説作家、金庸のことである。この記事では、金庸作品のなかから、代表作のひとつ『神都剣侠』を取り上げて、このように評している。

 こういう作品を読むと、しばしば「オタク的」ないしは「厨臭い」と揶揄される要素が、実は万国共通の娯楽の王道であることに改めて気づかされる。
 ライトノベルがキャラクター小説の典型だ、とか、電波女を好むのはオタクの特性だ、とか、必殺技なんか厨臭くて恥ずかしい、とか、勝ち誇ったように「批評」している言説をたまに見かけるが、とんでもないことである。安易な決めつけは、自らの視野の狭さ、娯楽作品の読み手としての未熟さを晒すだけに終わってしまうよ、恥ずかしいよ、と注意を喚起しておきたい。

 同感である。

 金庸は決して一部のマニアックな読者だけが好むマイナーな作家ではない。それどころか、おそらく全アジアで最もメジャーな作家だと思われる。

 その作品はくりかえしドラマ化、映画化、漫画化、ゲーム化、アニメ化され、それらの作品を通じて広く親しまれている。

 専用の図書館が存在したり、サンフランシスコでその作品について議論する学会がひらかれたりすることからもその有名さがわかる。金庸はその作品を通じて香港でも屈指の大富豪にまでなったのだ。日本での無名さがふしぎなくらいだ。

 ところが、その内容はというと、それこそライトノベルの延長で読んでも問題はない「オタク的な」ものなのである。ただし、どんなライトノベルよりおもしろい。「燃え」にせよ、「萌え」にせよ、過剰なくらい山盛りだ。

 金庸の作品について詳細に語ろうとするといくら書いても終わらないので(なにしろ、中国では金庸作品にかんする議論は「金学」と呼ばれ、延々と続けられているくらいなのだ)、ここではその「萌え」的な側面について軽く触れるにとどめたい。

 金庸作品を読んでいておどろかされるのが、あまりにも多くの女性人物が活躍することである。たぶんそこが日本の伝奇/歴史小説との最大の差だ。

 日本の伝奇小説にも女性は出て来るではないか、と仰る方もあるかもしれない。しかし、金庸の作品ほど多彩な女性人物が奔放に活躍するものは、やはり少ないと思う。

 しかも、その描写はあまりにも「萌え」的である。金庸とならび称される古龍などは、わりあい生々しい男と女のドラマを描くのだが、金庸の場合、本当に「萌えキャラ」としかいいようのない美女、美少女たちを多数登場させる。

 それはもう、妹系、ツンデレ、幼馴染み、メイド系、お姫様、小悪魔系、電波系、殺人鬼(え?)、なんでもあり。ありとあらゆる「萌えキャラ」が登場して、じつに多彩な恋愛劇をくりひろげる。西尾維新なんて目じゃないぜ。

 いくらでも例を挙げられるのだが、ここでは『秘曲笑傲江湖』のメインヒロインのひとり、任盈盈について話すことにしよう(ちなみに『機動武藤伝Gガンダム』の印象的な登場人物、東方不敗の名前はこの作品から採られている)。

 金庸作品にしばしば登場するツンデレキャラのひとりだが、その「ツン」も「デレ」も、そこらのゲームの比ではない。

 彼女は主人公の令狐冲が属する「正派」と対立する「魔教」の姫君で、魔教の人間からは「聖女」と呼ばれ慕われている。ちょっとした偶然から令狐冲と知りあった彼女は、自分でも知らぬうちにかれを愛するようになる。

 しかし、誇り高い彼女はほかの人間にそのことを知られることに耐えられない。そこで、まわりの人間は知らないふりをして彼女と令狐冲をくっつけようとする。

 ところが、彼女はなぜか魔教の人間に令狐冲を見つけしだい、殺すよう命令する。令狐冲は少しもそのことを怖れず、盈盈のもとを去ろうとするのだが、そこで、彼女はこんなふうに真意を口にする。

「令狐冲、どうしても私の口から言わせないと気が済まないのね」
「何が? 訳が分からないな」
 盈盈はまた唇をかみしめた。
「先千秋などに伝言を頼んだのは、あなたに……あなたにずっと私の側にいて、一歩も離れないでほしいからなの」
 こう言い切ったあと、身体がワナワナ震えて、立つのがやっとである。
 令狐冲は愕然とした。
「あんた……俺に側にいてほしいのか?」
「そうよ! あなたは私の側にいなければ、命がないのよ。なのに、この命知らずの若僧めが、ちっとも怖がらないなんて。それじゃあ……かえってあなたの命を縮めてしまうじゃないの」
 令狐冲は心を打たれた。
(本当に俺に好意を持っていたんだ。しかし、あの男たちの前では、死んでも認めないとは)

 えっと。これなんてエロゲ

 ほかにも、令狐冲に名前を教えておいて、「名前を教えたけど、気安く呼ばないでちょうだい」「だめなものはだめ。気に入らないの」などと絶妙なツンデレっぷりを発揮する場面は多数。

 その上、なにしろ冷酷非情で知られる魔教の姫君なので、残虐な行為を犯すこともいとわない。口癖は「殺すわよ!」で、本当にあっさりとひとを殺す。

 さらには、令狐冲といっしょにいるところを見られると恥ずかしいので、見た人間を一生孤島に追放してしまったりする。見たほうも気をつかってみずから目をつぶしたりするのである。ツンデレっていうレベルじゃねえぞ。

 とはいえ、この程度、金庸の作品では序の口に過ぎない。ほかにもいろいろなタイプの「萌えキャラ」が登場する。

 特に『天龍八部』の、主人公が好きになったりなられたりした少女が次々と血をわけた妹だとわかる展開にはまいった。ある意味、『シスプリ』を超えている(おまけにその妹と媚薬を飲まされたうえで同じ部屋に閉じこめられたりする)。

 金庸の作品を見ていると、つくづく「萌え」というものが広い普遍性をもっていることがわかる。

 注意してほしいのだが、ぼくはべつに本来無関係な作品に、無理矢理「萌え」というレッテルを貼ってまわりたいわけではない(それでは本田透だ)。

 そうではなくて、これほど奇妙で独特に見えるオタク文化も、根っこの部分では過去から連綿と続くほかの文化の遺産を、無意識ではあるにせよ、活用していると言いたいのである。

 文化とは、シームレスなものである。時代も、国境も、ジャンルも越えて影響しあう。

 そこに「低俗」だの「高尚」だのとラベルを貼っまわっても無意味なことだ。この小説は低俗だからくだらないとばかにすることも、高尚な文学なんてどうせ糞真面目なだけでおもしろくないと決めつけるのも、ただベクトルが違うだけで同じ発想に思える。

 これまでオタク文化圏では「濃さ」、つまりある分野にどれだけ深く通じているかが評価の基準とされてきた。しかし、それと同じくらい視野の広さも重要だと思う。

 オタク的なるものは、狭い意味でのオタク文化の以前にもあったし、それがほろびた以後にものこることだろう。

 それが文化である。

秘曲 笑傲江湖〈第1巻〉殺戮の序曲

秘曲 笑傲江湖〈第1巻〉殺戮の序曲

秘曲 笑傲江湖〈第2巻〉幻の旋律

秘曲 笑傲江湖〈第2巻〉幻の旋律

秘曲 笑傲江湖〈第3巻〉魔教の美姫

秘曲 笑傲江湖〈第3巻〉魔教の美姫

秘曲 笑傲江湖〈第4巻〉天魔復活す

秘曲 笑傲江湖〈第4巻〉天魔復活す

秘曲 笑傲江湖〈第5巻〉少林寺襲撃

秘曲 笑傲江湖〈第5巻〉少林寺襲撃

秘曲 笑傲江湖〈第6巻〉妖人東方不敗

秘曲 笑傲江湖〈第6巻〉妖人東方不敗

秘曲 笑傲江湖〈第7巻〉鴛鴦の譜

秘曲 笑傲江湖〈第7巻〉鴛鴦の譜