夢盗人の娘―永遠の戦士エルリック〈5〉 (ハヤカワ文庫SF)

夢盗人の娘―永遠の戦士エルリック〈5〉 (ハヤカワ文庫SF)

 エルリックがせせら笑った。「わたしが神や半神を恐れると思うか。わたしはメルニボネのエルリック――わが種族は神々と肩を並べるものだ」

 メルニボネの皇子エルリックのサーガは、ここ百年のあいだに語られたあらゆる英雄譚のなかでも、最も目覚ましいもののひとつである。

 かれは切り裂いた相手の魂を喰らう〈黒の剣〉ストームブリンガーの主であり、幾多の妖しい魔術の使い手でもある。

 その血管にはメルニボネの古い血が流れ、その血はしばしばかれを危険な冒険へと駆り立てる。その生きざまは奔放にして苛烈。平安を求めながら危険を冒し、愛を抱きながら女殺しの宿命を背負う、苦悩と矛盾に満ちた永遠の狂戦士、それがエルリックだ。

 本書『夢盗人の娘』は、そのエルリックの物語を新たな視点から語りなおした新三部作の劈頭にあたる。

 といっても、じつは主人公はエルリックではない。その人物の名はウルリック・フォン・ベック。〈光の帝国〉とは縁もゆかりもないザクセンの田舎貴族だ。

 時はまさにナチス・ドイツがはびこる暗黒時代。ウルリックは家伝の宝剣〈レーベンブランド〉をナチスに引き渡すよう要求される。

 かれはその要求を拒み、ナリスに逮捕拘禁されるが、〈夢盗人の娘〉ウーナとともに刑務所を逃れ、地下世界ムー・ウーリアへとのがれる。

 そして自分が百万の多元宇宙で戦いつづける〈永遠の戦士〉のひとりであり、遠いメルニボネ世界のエルリック皇子の分身であることを知る。

 ウルリックはエルリックの力を借り、百万世界を足下に踏みしめようとする従兄ゲイナーと対決する。

 エルリックは中盤を過ぎてからようやく登場するのだが、やはりその存在感はやはり鮮烈なものがある。永遠の戦士の化身ではあるものの、基本的には常識的な現代人であるウルリックの目から見ると、なおさらその凄絶な人柄が印象にのこる。

 というか、ぼくはこの物語を読んではじめてエルリックという男を知ったような気がした。この巻のエルリックの性格描写は、いままでにない深みをそなえているように思う。

 かれは万巻の書を読み、メルニボネ人としては異例なことに人間的な道徳を身につけた男である。しかし、それでもなお、本質的には理性より狂気に従って行動する。なぜなら、それこそがメルニボネ流のやり方だから。

 メルニボネ人は一万年にわたり、こざかしい〈法〉ではなく、奔放な〈混沌〉に仕えてきた。その伝統はエルリックの骨肉にまで染みわたっている。

 そのため、エルリックは異常なまでに果断であり、時には〈上位世界の神々〉を敵にまわすことすら怖れない。

 かれは自分を〈宿命〉の駒に過ぎないと自嘲するが、その実、〈宿命〉など歯牙にもかけてはいない。どのような強大な敵があいてでも、ストームブリンガーひと振りを供に立ち向かっていくその精神は、勇敢という次元をこえて無謀ですらある。

 かれの悲劇は、ある意味では多元宇宙を律する〈宿命〉が演出したものではあるが、べつの側面から見ればその人となりに由来するものなのだ。

 ぼくはいままでエルリックを悲劇の犠牲者のように思っていた。呪われた運命に翻弄される哀しみの白子。しかし、それは一面的な理解に過ぎなかった。

 たしかにかれの人生に降りかかる悲劇はどれも重く、凄惨だ。何という呪われた、重苦しい、絶望的な人生――しかし、エルリックはその呪われた運命をも自分の手で切りひらいていこうとする。

 かれは決してたんなる受難者ではない。もっとも恐ろしい運命を正面から見据え、すすり泣きながらも永劫の闘争をくりひろげるの誇り高き戦士である。

 そのために、神々ですらかれを警戒する。ひ弱な現代人のウルリックごとき、エルリックの影に過ぎないように思える。

 おそらく、はじめにエルリックの物語を書きはじめたときは、作者であるムアコック自身もかれの性格がここまでの深みを見せるとは想像していなかったのではないか。

 また、エルリックたちを包み込む作品世界そのものも、ここに来て、いままでにない豊穣さを示している。

 ある世界は実は百万もの世界のなかのひとつに過ぎず、それぞれの世界で〈永遠の戦士〉と呼ばれるひとつの存在の分身が、宿命的な激闘をくりひろげているという世界像は、ムアコックの作品ではお馴染みのものだ。

 ただ、今回はそれが宇宙樹というイメージにまとめられることによって、絢爛たるヴィジョンを見せてくれる。

 正直、これまでのシリーズを超えるものは期待していなかったのだが、予想外に満足の出来だった。もう一度はじめからシリーズを読みかえすか、と思ったくらい。早くも次巻が楽しみだ。