竜を駆る種族 (ハヤカワ文庫SF)

竜を駆る種族 (ハヤカワ文庫SF)

「この星の言い伝えのことは、貴公も知っておろう。いや、おれより詳しいかもしれん。われらの先祖は〈十星戦争〉のさなか、亡命者としてこのエーリスにやってきた。おそらく〈夢魔連合〉が〈旧秩序〉をうち負かした結果だろう。だが、戦争の帰結については――」
 と、肩をすくめて、
「だれがそれを知ろう?」

 巨匠ジャック・ヴァンスヒューゴー賞受賞作。

 もっとも、巨匠とはいっても、それは欧米での話。日本での知名度はそれほど高くないだろう。

 ダン・シモンズの『ハイペリオン』シリーズを読んだ読者なら、シモンズがヴァンスを尊敬し、オマージュをささげていることを知っているかもしれない。

 しかし、何しろ邦訳が片っ端から絶版になっているので、じっさいにその作品を読んだことがあるひとは一定以上の年齢に片寄っているはずだ。

 その意味で、本書の復刊はじつにめでたいことといえる。どうせならこの機会に『魔王子』も復刊してほしいものだけれど――まあ、無理だろうなあ。

 全五巻にわたって復讐と権謀術数のドラマが紡がれる『魔王子』に比べれば、本書はかなり読みやすい。なんといっても、短い。

 1ページに38文字×15行しか文字が載っていないにもかかわらず、本編の長さはわずか200ページ強。先に述べたヒューゴー賞にしても、長篇部門ではなく短篇部門で受賞したものである(当時はまだノヴェラ部門は存在しなかった)。ただ、それならシンプルでわかりやすい話なのかといえば、そうでもない。

 物語の舞台となるのは、はるかな空の彼方、いずことも知れぬ場所に存在する惑星エーリス。かつて「ベイシック」と呼ばれる侵略者に襲われたこの惑星では、人類がかれらを飼いならして兵器のように使っている。

 本編の主人公となるのは、そんな「竜を駆る種族」の男、ジョアズ・バンベック。怜悧な頭脳とバンベック平の支配権を併せ持つジョアズは、星のならびから「ベイシック」がふたたび侵略してくることを予想していた。

 人類をはるかに凌ぐ科学力を備えた「ベイシック」の軍勢を、いかなる手段を用いて撃退するべきか? しかも、ジョアズはこの侵略者たちに専念することもできない。

 なぜなら、幸いの谷の支配者、野蛮で愚鈍なアービス・カーコロが、かれの手から権力を奪い去ろうと手ぐすねひいているからだ。

 また、この惑星には高度な知能を備えながら、瞑想に耽って時を過ごす波羅門(バラモン)と呼ばれる種族も存在する。

 かれらはバンベック平や幸いの谷とわずかな交流をもってはいるものの、抱えこんだ秘密を手放そうとはしない。その存在形態からして、もはや人間と呼べるかどうかすらわからない種族である。

 ジョアズとカーコロ、そして波羅門たちは、おたがいにおたがいを軽蔑しきっていて、決して協調することがない。この三者の噛みあわない会話は、ある種ユーモラスですらある。本書の見所のひとつだろう。

 しかし同じ人間同士で内輪もめしているひまはない。この惑星に生きのびた人類を奴隷にするべく、「ベイシック」たちがふたたび侵略してくるのだ。生きのこるのはだれなのか? いのちと尊厳を賭けたサバイバルゲームが始まる。

 と、よくもまあこんな複雑な話を一冊にまとめたものだなあ、と感心させられる一作。ここら辺は現代の作家にも見習ってほしいところです。