元旦はマイクル・ムアコックの『夢盗人の娘』を読みながら、『乙女はお姉さまに恋してる』(「お姉さま」と書いて「ぼく」と読む)を1話から最終話まで見ていました。

 キャストを巡って不要な話題を作ってしまった作品だけれど、単独の作品として見るとそれなりにおもしろい。内容が軽く、神経に負担をかけないので暇つぶしにはぴったり。

 原作は18禁のパソコンゲームなのですが、アニメだけを見ているとほとんど少女漫画の映像化みたいですね。

 女装して女子校に通う少年の話なんだけれど、この主人公が女と見紛う美貌、気品あふれる物腰、明晰な頭脳、衆に秀でた運動神経を併せ持つ完璧超人であるところが目新しさなのかもしれない。

 ちょうど男装して学園に通う少女を描いた『桜蘭高校ホスト部』を逆転させたような話です。

 アニメとしての出来は『桜蘭高校』の圧勝ですが、作品の雰囲気としてはほとんど変わりがないんじゃないかな(登場人物の男女比率が逆だけど)。

 本来男性向けの作品が女性的な色調をつよめてきた結果、とうとうここまで来てしまったという意味では興味深い。

 ただまあ、もちろん、内容的にはよくある学園ラブコメディの枠を越えるものではありません。

 女装美少年萌えという意味では多少は斬新かもしれないけれど、異性装が絡む恋愛ものはそれこそシェイクスピアの昔からあったわけで、本質的にはむしろ古典的な作品でしょう。

 ただ、それが男性ユーザーに支持されている状況は少しおもしろい、というだけの話。

 この作品に限ったことではありませんが、ここ数年、いわゆる「萌え」系の作品には、それほど斬新なアイディアは見られないような気がします。

 昨年の話題作『涼宮ハルヒの憂鬱』にしても、内容的にはいままであったものの焼き直しに過ぎません。ただそれがいままでになく高品質だっただけのこと。

 そういう意味では、この文化も安定期、ないし成熟期に入ったのだということがわかります。もうこれから、ここからはあまり鬼面人をおどろかす発想は出てこなくなるでしょう。その代わり、それはより洗練され、一般化していくはずです。

 いまとなっては、「萌え」という言葉はすっかりあちこちで見かけられるようになりました(このあいだ『NANA』にも出てきたくらい)。また、メイド喫茶などを通じて、世間にも知られるようになりました。現代風俗の奇妙な一断面。

 そういうわけで、これから何か新鮮なものをさがそうと思ったら、べつの方面をさがす必要が出てくるでしょう。

 それはほとんどあらゆる文化についていえることです。広く一般に知れわたり、人口に膾炙するとき、それは既に最先端ではなくなっているということ。

 いま、次の時代の口火はどこにあるのでしょうか? それは、まだだれにも気づかれることなく、既にどこかでそっと始まっているのかもしれません。

 始まっているといいな。また何か妙なものが出てきたらおもしろいのだけれど。