失踪HOLIDAY (角川コミックス・エース (KCA170-1))

失踪HOLIDAY (角川コミックス・エース (KCA170-1))

 あなたの子供が、わたしのような親不孝に育たなければいいけど。

 乙一の中篇を漫画化した作品。原作は乙一のキャリアのなかでも指折りの傑作のひとつである。

 あの伝説の名作「しあわせは子猫のかたち」とのカップリングで角川スニーカー文庫に収録されているのだが、発表当時はそれほど話題にならなかった。

 たまたまその本を手に取ったぼくはその気品と格調高さに圧倒され、あちこち宣伝してまわったものだ。もちろん、ほとんど効果はなかった。

 乙一がその才能にふさわしい評価を受けることになるのは、初めてのハードカバー『GOTH』が刊行されたあとのことである。つまり、ライトノベルのフレームのなかでは遂にかれの実力が正当に評価されることはなかったのだ。

GOTH―リストカット事件

GOTH―リストカット事件

 その内容を考えれば当然のことかもしれないが、いまだにぼくは納得がいかないものがある。なにしろ、私見では、乙一の実力が最高の形で発揮されているのは、この角川スニーカー文庫の2冊、『失踪HOLIDAY』と『きみにしか聞こえない』なのである。

きみにしか聞こえない―CALLING YOU (角川スニーカー文庫)

きみにしか聞こえない―CALLING YOU (角川スニーカー文庫)

 そしてその『失踪HOLIDAY』の表題作である本作は、おそらく乙一の全作品のなかでも最もポップでハートウォーミングなコメディである。

 たんにミステリとして見ればもっと複雑な技巧を弄した作品はいくらでも見つかるだろう。しかし、一本の小説としてここまで洗練された作品は数少ない。

 乙一の独特のユーモアセンスはほかに「平面いぬ。」などでも見て取ることができるが、それが二転三転するプロットとあわさった結末の魅力は、乙一作品のなかでもニ、三を争うと思う(一は「しあわせは子猫のかたち」)。

平面いぬ。 (集英社文庫)

平面いぬ。 (集英社文庫)

 この漫画版では、いくつか細かい修正はあるものの、その展開をほぼ忠実に移植している。

 物語は菅原ナオという少女が家出をするところから始まる。彼女はさる大富豪の血の繋がらない娘で、いつか家から追い出されるのではないかという不安を抱えている。

 そんなとき、父親が再婚し、その不安に拍車がかかることになる。ナオは父への反発から、自分自身の偽装誘拐計画を企てるのだが――。

 このナオという少女は、ひょっとしたら乙一作品のなかでいちばん個性的なキャラクターかもしれない。ほとんど横暴なまでに自己中心的でありながら、一面では繊細さも併せ持つ微妙な性格のもち主である。

 その大人のようで子供、子供のようで大人な内面描写は、終盤にいたって最高に爽快な結末を呼び込む。乙一はここらへんのバランスの取り方が本当に天才的に巧い。

 しかし、それをそのまま漫画にしても、かならずしも原作の感動は再現されえないわけで、この漫画版ではもう少し工夫がほしかった気はする。絵は綺麗なものの、一本の漫画としては、いまひとつこなれていない感触がのこった。

 また、このブラックの表紙は失敗していると思う。これでは『GOTH』のように暗い作品が想像されてしまう。じっさいには、その正反対の内容なのに。さわやかな物語が読みたい向きは、表紙に騙されずにご一読することをお奨めする。

 あなたが求めているものは、ここにある。