これは多重現実のギミックだ。第三世代の多重現実は教授の予想を上回る速さで普及し、〈数値海岸〉の登場を待たずして、世界はもう右クリック可能なものになりつつある。だれもが自分の好きなように環境をいろどっている。

 〈廃園の天使〉連作の第二弾は、五本の作品を収録した短編集。

 「夏の硝視体」、「ラギッド・ガール」、「クローゼット」、「魔述師」、「蜘蛛の王」とタイトルからして魅力的な五つの世界が、読者の探訪を待ち受けている。

 『グラン・ヴァカンス』では舞台は電子的に形づくられた仮想世界〈数値海岸〉に限定され、現実世界で何が起こっているのかは謎のままだった。

 一千年前に起こった〈大断絶〉の真相とは? はたして人類はまだ存続しているのか? この『ラギッド・ガール』では遂に現実世界にまで視野が広がり、その真相が明かされる。2冊目でこんなに贅沢に明かしてしまっていいのかと思うくらい。

 巻頭の「夏の硝視体」こそ『グラン・ヴァカンス』に先立つこと700年前の〈夏の区界〉を背景にしているが、それに続く「ラギッド・ガール」では完全に現実世界が舞台となる。

 生体デバイス視床カード〉によって架空の感覚を現実に重ね合わせる〈多重現実〉技術が実用化された時代、ありえないほど醜い容姿と天才的頭脳を併せ持つ女性阿形渓はさらなる最新技術〈数値海岸〉の建設に協力する。

 ここでは「グラン・ヴァカンス」の舞台となった〈数値海岸〉開発の秘密があかされる。ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの歴史的名作「接続された女」を裏返しにしたような、いわば「接続されない女」の物語である。

 続く「クローゼット」は「ラギッド・ガール」の続編。数百もの死を上書きされて死んでいった男の死因をさぐるミステリ仕立ての物語だ。

 かれの死は自殺なのか、そうなのだとすればなんのために死んだのか。〈数値海岸〉にのこされた男の似姿と対話しながら解明をめざす彼女の前にあらわれた恐怖の真相とは?

 巻末の「蜘蛛の王」は『グラン・ヴァカンス』で〈夏の区界〉を恐怖に陥れた〈蜘蛛の王〉ランゴーニにかんする秘話。まさに飛浩隆ならではの歎美な世界がたのしめる。

 しかし、本書の白眉は書き下ろし作品「魔述師」に尽きる。「〈ズナームカ〉の夏は、不実な恋だ。」という美しい書き出しから始まって、高速で加速していく物語は現代SFの最先端というにふさわしい。

 物理現実と仮想空間にまたがる壮大なる神話的物語。「グラン・ヴァカンス」の美と頽廃と官能はそのままに、仮想空間の実在性を巡るSF的思索性が突き詰められていく。

 人間とは何なのか? 仮想空間上で演算されるAIに人権は認められるべきなのか? ひとつの問いに答えが出されるとき、また新たななぞが立ち上がる。

 飛浩隆の思索は、その鋭さ、その深さにおいて、現代最高のSF作家であるグレッグ・イーガンに匹敵するだろう。

 そして、その作品の根底にはイーガンに通底する人間観の揺らぎが垣間見える。次つぎと繰り出されるアイディアに、古典的人間観は揺るがされてゆく。読者は心地よいめまいに酔うだろう。

 ぼくが読んだ日本SFのなかではベストかもしれない。これぞSF、である。