萌えの研究

萌えの研究

 結局のところ、愛と憎しみ、生と死といった物語上のダイナミズムと、作りこまれた設定や世界観が噛み合ってこそ、萌え属性が生き、キャラクターが輝き出すのである。そこに「萌え」が発生するとすれば、それは別にオタクだけが楽しめるものというわけではない。

 「萌えの研究」。なかなか挑発的なタイトルである。流行語にまでなりながら、いまひとつ捉え所のない「萌え」という観念を研究し、解析してやろう、という気概を感じる。

 しかし、じっさいの中身はこの題名ほど野心的ではないと思う。かんたんにいうと、「非オタク」の代表である筆者*1が、ライトノベル、TRPG、美少女ゲーム、漫画、アニメとオタクカルチャーの根幹をなす作品を制覇していくという内容。

 ふだんなにげなく摂取している作品も、40代の「非オタク」男性から見ると、このように見えるのか、というおもしろさはある。

 ただ、しょせん一個人が小説を読んだりゲームを遊んだりしては感想を述べる、という以上の内容ではないので、これを「研究」と呼ぶのはいささかおこがましいだろう。アカデミックな内容を期待して読むと肩透かしを食うはず。

 内容に客観性が乏しく、あくまで個人の好き嫌いのレベルをこえないのも多少問題。「To Heart」のマルチシナリオは良いとか、「マリみて」は何がおもしろいのかわからないとか、ぼくがこの日記に書いていることとたいして変わらないものな。

 そういう意味では、いまネットにアップされている竹熊健太郎氏との対談は、できればこの本のなかにいれてほしかった。

 オヤジ向け官能小説のを思わせる表紙はスキャンダラスで良いのだが、やはり「わかっていない」なあ、と感じる。ここは縞パンだろ! どうやら、もっと研究が必要なようである。

*1:じぶんは「非オタク」だ、と著者は主張するのだが、どう見てもオタクだろ、という批判もあるようである。くわしくは上記の竹熊さんとの対談のページを参照のこと。