平安絵草子 女賊

平安絵草子 女賊

こうやって、恋をする女も
いるの。
わざわざ、自分の後を追って来た
男を殺す以外に、恋の成就を、
果たせない女もいるの。

 時は、昭和初期のような現代。

 季節は、東洋の贋耶蘇たちが大声を上げて騒ぎまくるクリスマスのイブ。

 深い深い夜の底で、女賊黒蜥蜴はひとり語りを始める。その対手を務めるのは、いままさにひとをふたり殺してきたばかりの凶漢、あるいは誘拐された大富豪の令嬢。

 かれらを観客に見立て、黒蜥蜴は朗々と語り続ける。その残酷な犯罪計画を、非情な殺しの手口を。

 しかし、その希代の大怪盗にもこの世にただひとり、怖れる者がいた。それは名探偵、明智小五郎。黒蜥蜴は逃げ、小五郎は追う。そしてその追跡劇は、やがて世にも神秘で不気味な愛憎劇へと変わって行く。

 この本の中身は、作家橋本治が、役者篠井英介のために書き上げた脚本である。原作はいうまでもなく江戸川乱歩、奇妙で幻想的な物語を麻薬のように愛した探偵作家の名作を、橋本は耽美なひとり芝居に仕立て直した。

 そしてそのあでやかな言葉を彩るのは、岡田嘉夫の妖しい絵。結果として生まれるのは、なんとも不思議な別世界の光景だ。

 昭和初期のようでもあり現代のようでもある時代、現実のようでもあり幻想に溶け込んでいるようでもある世界を、橋本治は流麗な文章で作り上げていく。

 あなたは見るだろう、悪魔的な姦計を練りあげ、《美》を蒐集する女盗賊を。おそらく見るだろう、正義の心、燦然と光らせ、女賊を追い詰める名探偵を。

 すべては夢、何もかもまぼろし。しかし、一夜の夢にこそ真実は宿る。ここにはきっと、それがある。