遺す言葉、その他の短篇 (海外SFノヴェルズ)

遺す言葉、その他の短篇 (海外SFノヴェルズ)

 蜂蜜入りのお茶のせいで、身体が熱くほてって感じられた。胃のあたりがむずがゆかった――アレルギー反応だろうかと、わたしは考えた。わたしは掻いた。それも、ひかえめとはいえない掻きかたで。シャツの下から出てきた手には、蝋質の小さな鱗がびっしりくっついていた。いったい全体、この下で何が起こっているのだろう? わたしは鱗のひとつの味をみてみた。たしかに蜜蝋だ。働きバチに変わろうとしているのだろうか? 自分ではどうしようもなかった――わたしはその蜜蝋を口に入れた。

 本書はアイリーン・ガンの初短編集である。

 彼女こそは、30年以上のキャリアで発表した作品が僅か短篇12作という、SF史上屈指の寡作作家。その数少ない作品のなかにはショートショートやレシピ小説*1まで含まれているのだから、筋金入りだ。

 したがって、読者は、この一冊を読むだけでアイリーン・ガンの全貌を把握することができる。その上、SF作家仲間のウィリアム・ギブスンの序文やら、マイケル・スワンウィックの詩やらまで付いてくるので、ある意味ではお得な一冊と言えよう。

 「お前ら、友達だから褒めているだけだろ」という気がしないこともないのだが、収録作はさすがに時間をかけただけはある佳作揃い。たくさん寄せられた賛辞もまんざらお世辞ばかりとはいえないかもしれない。

 とはいえ、グレッグ・イーガンテッド・チャンの作品のような認識異化の衝撃(センス・オブ・ワンダー)を期待して読むと肩透かしを食らうことになるだろう。

 むしろ既存のSFをあらたに練りなおしたメタSFという色合いが強い。その一方で、わずか12作の作品は非常に多岐にわたっていることもたしかだ。

 解説の巽孝之が述べている通り、この作家にはSF作家にはありがちな主流文学コンプレックスが感じられない。

 最近、日本でも注目を集める異色作家アヴラム・デイヴィッドスンをモデルにした主流文学寄りの「遺す言葉」を書いているかと思えば、どう見てもバカSF以外のなにものでもない「緑の炎」も書いているという調子で、方向性が読めないことが最大の特色かもしれない。

 SF色が強いものから挙げるなら、出世戦略のために蚊や蝿の遺伝子を自分自身に組み込む会社員たちを描いた「中間管理職への出世戦略」になるだろうか。

 グロテスクなイメージに満ちた主流SF寄りの傑作だが、じつはアイリーン・ガン自身が初期のマイクロソフト社に勤めていた折りの経験を寓意的に表現した作品でもある。読めばマイクロソフトにだけは入りたくなくなること間違いなし。

 また、端正なファースト・コンタクトSFの「コンタクト」や「スロポ日和」は、ひとを食ったストーリーテリングが初期ティプトリーを思わせる。

 「コンピュータ・フレンドリー」は人間の脳がコンピューターネットワークの維持に使用されることになった未来を舞台にしたサイバーパンク風ハッキング小説。

 「ライカンと岩」は、SFとも童話ともつかないふしぎな小説で、奇妙な味の異色小説としかいいようがない。ぼくはこの短篇集のなかではこの話がいちばん好きかも。

 そして「ニルヴァーナ・ハイ」は、マイクロソフトがあらゆる企業を合併してしまった近未来を舞台に、自殺したグランジ・アーティスト、カート・コバーンの名前が付けられた超能力者学校における騒動を描いた小説。えーと、すいません、ぼくにはよくわかりませんでした。

 というわけで、SFとも文学ともつかない奇妙な小説を読みたいひとにはお奨めの一冊。ふつうの小説を読みたいひとにはお奨めしない。

*1:なんだそれは、と訊かないでくれ。ぼくにだってわからないんだから。