「う…うぬは 目が…見えるのか?」
「ああ 見えるぞ その猿のような面まで 心眼でなあ …わしには見える 名門加藤の音に聞こえた七本槍が 一人ずつ一人ずつ… 打ち折られてゆくさま… それもかよわい…やさしい女の手でなあ」

 〈Y十M〉第5巻。物語はいよいよ激しさを増していきます。

 前巻は七本槍の罠によって地下の水牢へたたき落とされ、絶体絶命の窮地に追い込まれた柳生十兵衛のもとに、思わぬ助けが訪れるところで終わっていました。

 この巻はその3人の正体が明かされるところから始まります。

 いやいや、この助けというのが全裸+般若面+弓矢というすさまじい格好の美女3人であるわけですが、山田風太郎の天才はこの変態的格好に完璧な必然性をもたせているところにあるといえるでしょう。

 全裸トリオを見た瞬間には、「また読者サービスかよ」と嘆いたひとも、いざ真相が明かされてみれば、全裸でなくてはならず、般若面でなくてはならず、弓矢でなくてはならなかったことがわかるはず。

 とはいえ、滑稽な状況には違いないわけで、ここらへんの絶妙のユーモアセンスが忍法帖のもち味のひとつです。

 作中の人物は文字通り命懸けで七転八倒しているにもかかわらず、それを見つめる作者の目はどこまでも冷ややか。「きみたち、こんなことに夢中になってばかじゃないの」といわんばかりの非情さなんですね。

 徹底的に荒唐無稽な設定にもかかわらず、パピヨン度はゼロ、自己陶酔のかけらさえ感じ取れない。こんな作家はほかにいません。ある意味で娯楽作家の理想系といえるでしょう。

 いや、じっさい、単純な筋立てのおもしろさでこの作品を上回る話なんて、小説でも、漫画でも、映画でも、見たことないもんね。

 紛れもないただの「大衆娯楽小説」なんだけれど、はてしなく純粋に娯楽性を突き詰めていった結果、単純に娯楽と呼べる域を飛び越えてしまった。そんな凄みが忍法帖にはある。これほど巨大な才能が、よくも日本に生まれてくれたものだなあ。

 さて、この漫画版、じつは本当におもしろくなってくるのはここから先だったりします。

 今回、十兵衛たちにさんざんいたぶられた暴君明成は、恐怖にうなされながらも、旗下のさむらい幾千名が待つ会津へと逃げ帰っていきます。

 「配下のたくさんいる会津に帰られたらまずい。江戸で勝負をつけなくては」なんてことはまるでかんがえない十兵衛も、当然、そのあとを追いかけて行くわけですが、じつは会津には七本槍を統御する怪物が待ち受けていたのでした――ということで、物語はさらにさらに危険な領域へと加速していきます。

 江戸での攻防は、基本的に十兵衛と堀の女たちが明成&七本槍を追いつめていく構図でした。しかし、さすがに敵地の真っ只中ではそう易々とは行きません。

 必然的に十兵衛はこのあとも何度となく致命的な危地へ追い込まれるのですが、そのたびに孤剣、みごとに脱出する道をさぐりだします。

 「こんな展開にしちゃって、いったいこの先、どうするんだよ?」とあたまを抱えるような窮地からも、ちゃんと合理的に脱出するんですね。その巧みな展開はさいごには密室ミステリじみてくる始末。

 どうぞこの先の展開をお楽しみに。