渡瀬さんの小説は今までのものがそうだったけれど、いまいちパピヨン度が少ないと思う。が、このシリーズについてだけは例外的に、パンプキンについてだけは非常に強くパピヨンだった。とくに最終巻である12巻ではその傾向が顕著で、

──ああ、渡瀬さんパピヨンだなぁ、

と僕は思ったものである。よいことだなぁ、と思う。

ただ、おかげでパピヨンとして描かれなかったほかのキャラクターの動きが、微妙に印象の薄い物となっているような気がしてならない。いや、別に悪かったわけではなく、ぜんぜん面白かったからいいって言えばいいのだけれど。

 ああ、id:hakuohさんともあろうものが、「ぜんぜん面白い」なんて間違えた日本語を。

 まあ、それはいいんだけれど、最終巻だけパピヨンな小説とはどんなものなのか。いままで普通に読んできた読者が引かないか? まあ、ライトノベルなんて多かれ少なかれパピヨンなものだけれど。

 いや、でも、谷川流とかヤマグチノボルあたりは案外、パピヨン度が低い気もしますね。計算で書いている雰囲気がある。

 「涼宮ハルヒ」シリーズの場合、キョンのあの饒舌体はパピヨンだというひともいるだろうけれど、あの文章は普通に読みやすいですからね。長谷敏司の「円環少女」みたいに強烈に読みにくいほうがよりパピヨンを感じさせる。

 パピヨンで通すには才能がいるからなあ。才能のないパピヨンなんて、痛いだけです。