上記の記事を書いたあと、「人力検索はてな」を眺めていたら、「開設者が亡くなった後、生前の状態のまま現在まで残っているウェブサイトを教えてください。」という質問を見かけた。やっぱりほかにも同じことに興味を抱くひとがいるんだなあ。

 さっそく読んでみたところ、ご遺族がトップページで管理人の逝去を報告している例が多く、少しおどろいた。

 勿論、ここに寄せられているのは、読者が管理人の死亡を確認できた例だけだから、なんらかの報告が掲載されている可能性が高いことは当然だともいえる。

 しかし、かんがえてみれば、パスワードが保存されているパソコンさえあれば、パスワードそのものがわからなくてもサイトを更新することはできるのだ。むしろ問題は、遺族がそのサイトの存在を知っているかどうかということかもしれない。

 いずれにしろ、今後、このような電子の墓標は増えていく一方だろう。主を失ったサイトは、それでも静かに、消えることなく、あたらしい客の訪問を待っている。

 ぼくらは、明治時代や江戸時代に生きた名もない市民が、なにをかんがえて生きていたのか知ることはできない。しかし、未来の人間が過去の生活を知ろうと思ったなら、ネットがすべてを教えてくれるだろう。

 おそらく、ネットの情報は、いまこの地球上に生きている人間全員が死んでものこる。それは遥かな未来への時をこえたメッセージになる可能性を秘めているのである。……あたまの悪い記事を書くのやめようかな。